<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0">
    <channel>
        <title>岡野としあき公式サイト</title>
        <link>http://okano.s145.coreserver.jp/</link>
        <description></description>
        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2010</copyright>
        <lastBuildDate>Fri, 04 Jun 2010 18:11:12 +0900</lastBuildDate>
        <generator>http://www.sixapart.com/movabletype/</generator>
        <docs>http://www.rssboard.org/rss-specification</docs>
        
        <item>
            <title>岡野としあき　これまでの言論活動</title>
            <description><![CDATA[ <p>
<a href="former mayor running for election 0515.pdf"><img width="150" height="95" border="0" title="0515岡野前市長参院選出" alt="0515岡野前市長参院選出" src="../img/0515thumbnail.jpg"></a>
<br><a href="former mayor running for election 0515.pdf">0515岡野前市長参院選出馬</a>
</p>


<p>
<a title="産経新聞平成21年9月3日" href="3 September 31, 2009 Sankei.pdf">
<img width="150" height="95" border="0" title="産経新聞平成21年9月3日" alt="産経新聞平成21年9月3日" src="../img/0903thumbnail.jpg"></a>
<br><a href="3 September 31, 2009 Sankei.pdf">産経新聞平成21年9月3日の記事</a>
</p>



<ul>
<li><a href="../article/populism.html">ポピュリズムに流された政治と報道
</a></li>
<li><a href="../article/changeeducation.html">教育を斬る
</a></li>
<li><a href="../article/history.html">今こそ江戸、明治に学ぶとき
</a></li>
<li><a href="../article/disaster.html">災害への対応と国民性
</a></li>
<li><a href="../article/pride.html">正しい歴史教育が若人に民族の誇りを与える
</a></li>
<li><a href="../article/leadership.html">「決断の瞬間?地方自治とリーダーシップ?」講演記録
</a></li>
<li><a href="../article/problem.html">大局を見れない小人の駄々っ子
</a></li>
<li><a href="../article/duty.html">日本の国柄と国民の義務/国民の意識と外交と戦争
</a></li>
<li><a href="../article/crisis.html">日本は明治維新以来の危機
</a></li>
<li><a href="../article/education.html">日本を教育で世界のナンバーワンにする
</a></li>
<li><a href="../article/school.html">壊れた学校が再生した！
</a></li>
<li><a href="../article/identity.html">日本人のアイデンティティーと教育の在り方
</a></li>
<li><a href="../article/climate.html">風土と日本人
</a></li>
<li><a href="../article/walk.html">歩くことは人生を豊かにすること
</a></li>
<li><a href="../article/mission.html">人に与えられた使命
</a></li>
<li><a href="../article/boyscout.html">日本ボーイスカウト千葉県連盟総会での市長講演
</a></li>
</ul>]]></description>
            <link>http://okano.s145.coreserver.jp/policy/matome.html</link>
            <guid>http://okano.s145.coreserver.jp/policy/matome.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">policy</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 04 Jun 2010 18:11:12 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>教育を斬る</title>
            <description><![CDATA[<h3>　国を愛する心　</h3>

<p><b>-- 自国への愛と教育</b></p>

<p>教育は人格の形成を目的としている。日本人としての自覚を持って、国を愛し、国家の発展に努め、すぐれた伝統の継承と文化の創造に貢献できる人間の育成が重要であると考えております。</p>

<p>「自国への愛」というものは誰でも持っています。最初に「家族愛」、そして「隣人への愛」、「地域への愛」があり、それが「自国への愛」に発展していくものと思います。「国を愛する心」は強制であってはいけません。「国を愛する心」を育てるということは、「家族愛」から「自国への愛」に発展していく過程を、子どもにしみ通らせる、浸透させる、私はそういう意味だと思っています。</p>

<p>そのためには、わたしたち銚子市の歴史、文化、先人の豊かな感性、創造力等について理解を深め、さらに我が国の文化や伝統を学び、日本人としての自覚を高めることが大切であると考えます。日本人と「自国への愛」について、外国での生活を通してわかったことは、人間としての生き方を確立していない人はもちろん、「自国への愛」を持っていない人、言い換えれば、顔の見えない日本人は相手に信用されないということです。また宗教や哲学、道徳心をもっていない人、人としての生き方を示せない人の国とは貿易をしたくないということを言われたこともありました。これらはその後の外国生活をおくるうえで大変役立ちました。</p>

<p>「国を愛する心」を育てるということは、極めて大切なことで、感謝の気持ちをもつことを教え育むことが大切だと思います。例えば、社会主義の国の中には、徹底して国を愛する教育をし、最高指導者への忠誠心を際立たせている国があります。スポーツやイベントなどの報道を見ると、旧ソ連圏のスパルタキアーダを見習った方法がとられ、世界でも稀(まれ)といえるほど見事な統制がなされていますが、その統制の裏には国の強制指導があり、このような体制に見切りをつけて脱走する者も出てくるような状況になっています。強制は定着しません。しっかりした教育や訓練は必要ですが、理不尽な強制は必要ないし、出来ないと私は考えています。</p>

<p><b>--プロトコル（外交儀礼）</b></p>

<p>最近、テレビでアジア大会の様子やサッカーの国際試合が、放送されています。そこで外国の選手がどのような態度をとっているかご存知でしょうか。自国の国歌が演奏されたときに、胸に手をあてない代表選手が１人でもいるでしょうか。皆無に近いと思います。その精神が異常でない限り、すべての選手は国歌が演奏されたときに胸に手をあてています。お隣の韓国も中国も同様です。ところが日本の代表選手は、外国から日本に帰化した選手が日本国歌を歌っているにもかかわらず、なかには、ガムを噛んでいたり、体を揺れ動かしているなど、不規律な態度の人がいます。</p>

<p>この状況がテレビで放映されると、子どもたちは、自分のあこがれている選手の行動をよく見ていますから、これでよいものだと思い込み、そのまま育ってしまうのは、たいへん困ったことです。日本の選手の中には、余りにも自由に育てられたために、あるいは勝手に育ったためか、愛国心をそれほど持っていない人がおり、私は残念に思います。</p>

<p>先ごろ米国ウィスコンシン州から銚子市に訪れた方々とお会いしました。ウィスコンシン州の方々が会食しているときに、銚子市のある方が和笛で米国の国歌を演奏しました。すると、米国国歌のメロディーが流れたと同時に食事をしていたウィスコンシン州の方々が一斉に立ち上がりました。外国ではあらゆる場において、その国の国歌が流れたらその場にいる人全員、例えば取材中の記者であっても全員立ち上がります。</p>

<p>ある国際的な会議場で国歌が流れたときに、立ち上がらなかったのは日本人の記者だけということがありました。これは外交儀礼に反しています。がしかしこれはけっして記者の方がその国を侮蔑していたのではなく、世界の中では常識といえるようなことが常識として教えられてこなかったために、そのような行動をとってしまったのでしょう。</p>

<p>現代は国際化社会ですから、国際儀礼を当然のものとして子どもに自然に受け入れさせることが、教育上、重要であると思います。強制ではなく、国際的な儀礼として知らせなければなりません。

<p>私は体操選手であり、体操指導者でもありました。その頃は度々海外遠征に行き、日の丸を揚げたこともありました。もちろん表彰式では日本国歌が流れます。そのとき、各国の人は一斉に立ち上がります。これがプロトコルです。儀礼です。そういうときに、また、世界のあらゆる場で礼を失しないためにも、最低限のことは教える必要があるのではないかと考えています。</p>

<p><b>--国旗・国歌に対する気持ち</b></p>

<p>国際化が進む中で、国家について諸外国と対峙して考える場合、私がよく例を挙げるのは、国旗・国歌に対する気持ちです。一般的には、自国の国旗・国歌に畏敬の念をあらわせない人は、他国を尊敬できないことにつながると考えられています。</p>

<p>某新聞社の記者が、イギリスに滞在していたときのことを、本に書いております。</p>

<p>その中に出てくるエピソードで非常に不謹慎な話ですが、ストリップ劇場でショーが終わり閉幕になったときのことです。英国では必ずショーの最後には国歌が流れることになっています。そのときに何の手違いか、幕が落下してしまいました。しかし、舞台のダンサーはそれに驚くような様子も見せず、裸のまま直立不動の姿勢で国歌を歌っていたそうです。</p>日本は稀に見る平和な国なので、国旗・国歌について色々なことが論じられていますが、英国人の国旗・国歌に対する気持ちというのは、日本人と比べものにならないほど強いものがあるということです。</p>

<p>個人があって国があるという考えの人もいますが、国があって個人があるという見方が国際的な考え方です。個はもちろん尊重されなければなりませんが、国が非常事態に陥れば、個人の財産も生命も危うくなるということです。民主主義国家日本の根幹をなす「主権在民」は、国の安定という基盤があって初めて成立するものです。</p>

<p>戦後の教育において「自由平等」「個性尊重」などがあまりにも偏重されたため、その趣旨が生かされず今の日本には自己中心主義や利己主義が蔓延しております。国が正常な状態で、はじめて個人の生命や財産は保障されるのですから、「個」より「公」が優先されることを認識する必要があり、そのような面で日本の戦後教育は過ちを犯してきたのではないかと思います。</p>

<p><b>--平和について</b></p>

<p>平和の感じ方も重要な問題の一つです。戦争は絶対してはいけないし、また他から攻撃されても困ります。戦争と平和というものは、どのようなバランスによって保たれるかということを考えたとき、日本人は余りにも平和に対して無関心過ぎます。「水と安全はただ(・・)」だと思っている、そういう国に育つと大概(たいがい)の人は勝手なことを言うようになります。諸外国の実情を見ると、やはり自分の国がどんな状況にあっても、まず、攻められてはいけないという感覚を持つようです。</p>

そして、あらゆる手段を構じて平和を保とうと努めています。諸外国を信頼し、協調関係を保つことは大切なことです。日本国憲法にも「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう」という言葉はありますが、無防備でよいという考え方は、どこにも見当たりませんし、世界中に一国もありません。国の非常事態のとき、国民は全力を尽くして戦うという考え方は世界共通の理念です。</p>これを戦争賛成論と結びつけることは絶対あってはいけないことです。もちろん、現実的には抑止力をもったうえで、外交により国益と安全を考えることが第一であることは当然のことだと思います。</p>

<p>戦争は絶対してはいけないし、あってはならないものです。しかし、日本民族の平和的存続と、継続、発展の為には、国の主権である国民および領土を守らなければならないし、他国から攻撃されないようにするための抑止力が必要だと思います。国家は国益の追求、擁護のために意思決定をし、国策を遂行しなければなりません。

<p>このようなことから日本の考えを諸外国に理解してもらうために、外交はきわめて重要ものとなっております。また国民一人ひとりの国防非戦の意識は、家族、隣人、郷土、国を愛する心を教育することで培われると思います。具体的には、「寛容の精神」を教育することです。個人的な見解ですが、「寛容」という言葉を教えているのは、日本が一番多いと思います。そして、「寛容の精神」とともに日本のかつてのよさ、すなわち、江戸時代、それ以前から持っている自然に対する畏敬の念や、むやみに争いごとを起こさない感謝の心というものをもう一度取り戻し、教えていかなければならないと思っています。</p> 

<h3>家庭教育について</h3>　

<p><b>--教育の出発点</b></p>

<p>私は、基本的生活習慣や倫理観、自制心、自立心など、「生きる力」の基本的な資質や能力を育成する、これが家庭教育だと思っています。家庭は、すべての教育の出発点です。子どもの教育は、親に責任があり、夫婦それぞれがお互いを尊重し、協力しなければ成り立ちませんが、教育評論家などが、どんなに立派なことをいっても、子供は親から独立しては育つことはできませんし、またそれにかわる人がいなければ自立することもできません。</p>
		
<p><b>--家庭の教育力低下</b></p>

<p>しかしながら、核家族化や少子化が進む中で、家庭における教育力の低下が問題になっています。「親殺し」、「子殺し」が起こり始めた頃、教育評論家、全国の児童相談所の指導員は、「子どもの言いなりになりなさい。」と指導したことがありました。「受容」という言葉が蔓延し、子供が暴力をふるった時には親が家を出て行くことをカウンセラーや教育関係者が促したことがありました。</p>

<p>このような子供を取り巻く環境の劣悪化を象徴するものとして、子どもが、強い父を求めて泣きながら殺したという例があります。子どもは強い父、愛情いっぱいの父を求めているのです。困ったことに、発達段階にあった役割を与えず、子どものいいなりになってしまう大人には大きな問題があります。また、子どもがラジカセを欲しいといったら、自殺されたら仕方がないからといって我慢させず、すぐに買い与えるようなことをしていた親もいました。今は携帯電話になっていますが・・・。</p>

そういう甘やかしが、我慢することのできない子どもにしてしまっているのです。やはり、「ならぬものはならぬ」ということをしっかり教える、我慢をさせる、そういう教育が必要であることを認識しなければならないということではないでしょうか。</p>

<p><b>--自由と教育</b></p>

<p>我が家でも子どもの「躾」では大変苦労しました。息子が高校生のとき、突然、髪を染めてきたことがありました。

<p>そのとき、道で私とばったり出くわしました。一瞬、向こうからか赤毛ザルの様な高校生が歩いてきたと思ったら我が息子でした。子どもは一瞬で周りに流されるところがあります。親にお金をもらっていながら自立もしていないのに、してはいけないことがわからないのかと、後で散々叱りました。（いま青少年をとりまく大人社会の）自分の周りや祖先からもらった遺伝子の特徴もわからないうちに、子どもが自由に髪を染めたり、爪を染めたりする。

<p>あるいは母親の染髪剤が余ったからといって頭を染めたりすることを自由にさせると、勝手な子どもに育つわけです。日本では自由と勝手は全く違うということを、気がついていない人が多過ぎます。しかも、戦前・戦中の苦労を子どもにさせまいとして、甘やかすという誤った教育をしてしまっている方が意外と多いのです。社会の役に立つ人間の育成よりも経済的成功を求めてしまった結果といえます。</p>

<p>自由の裏には、必ず公共の福祉というきちんとした規律というものがありますし、他人を尊重するとか思いやるとか配慮する部分があるのですが、そういうものが最近随分欠けているように思えます。家庭教育も学校教育も、余りにも周りの目を恐れて温室で育てるような教育をしてしまったのではないでしょうか。社会全体で子どもを温室の中で育ててしまったのです。</p>

だから冷たい風に当たれば萎(しお)れ、強い太陽に当たれば萎れる。家庭、学校という温室できれいに見えたものが、実は非常にひ弱だったというのが日本の現状ではないでしょうか。「十五で姐やは嫁に行き」という歌がありますが、実際、その当時の人は自立していたのですね。ところが、今は20歳でも自立しない、30歳になっても自立しない。</p>

<p>年齢にふさわしい「わきまえ」を失い、60や80になった人が『●●様』だといって追っかけ回し、キャーキャー騒いでいる。いくつになっても異性に対して憧れや尊敬の念を抱いてもよいとは思いますが、ここまでくるとみっともないというか、品性のない国民になってしまったと思います。また最近の日本語のブームの中では、敬語の乱れが指摘されていますし、日本語のそのものも乱れてきているように思います。さらには巷(ちまた)に溢(あふ)れるさまざまな情報に、国民は振り回され、ものの本質と、その価値を見分ける能力を失っています。これは明らかに戦後教育の大失敗であると私は考えています。</p>

<p><b>--社会の変化と家庭教育</b></p>

<p>家庭教育を充実させるにはどのようにすればよいのでしょうか。昔は隣近所に怖(こわ)い親父さんがいて、うるさいおばさんもいました。近所の大人たちは人として駄目なことをすると叱ってくれました。また、叱られたら、その子どもは逃げましたが、それに気づいた親は、注意してくれた方へのお礼の言葉を忘れなかったものです。</p>

<p>ところが、今は、叱ってくれたありがたい方の家に親が抗議に行くということが非常に増えてきました。また、昔はガキ大将がいました。ガキ大将は正義感を持って自分の友達が理不尽にいじめられれば仕返しすることもありました。集団（仲間）を守るとか、集団の中でのルールのようなもの、通過儀礼的なものがあって、これらによって社会への適応方法を自然に覚えていきました。ガキ大将は「おまえ、下っ端だから買い物に行ってこい。」などと命令もします。今だとぱ(・)しり(・・)だとか言われているようですが、当時もそれは当たり前とされていました。</p>

<p>ガキ大将は、命令もしますが、優しさもありました。例えば木登りするときなど、枯れ枝を登りながら折っておき、後で登ってくる仲間が誤って落ちないようにするなどの思いやりもありました。このようなところで社会の矛盾とか、長幼の序の体得ができたのです。</p>

<p>しかし、今の子どもたちはこのような経験を積むことはできません。温室育ちですから、「いじめ」に対しても非常に弱く自殺してしまうような子どもも多く出ていると思います。現在は、子どもを鍛えることを忘れ、問題を取り除くことばかり考えています。心身ともに打たれ強い子どもを育てること、悪と戦う正義感を身につけることが大切です。子は親の背中を見て育つわけですから、最も身近な先生である親の生き方や世間の人の生き方が、大変重要ではないかと思っています。</p>

<p>家庭教育では「躾」が大事です。学習の「習」は、羽に白と書きますが、鳥が何度も羽ばたきを繰り返すことを意味しています。親鳥の羽ばたくのを見てひな鳥が飛び方を覚えるのです。親が正しい飛び方をしないと子どもは木から落ちてしまい、もう二度と上がれなくなります。家庭教育というのはそれと同じで、基本的な「躾」に重点があると考えています。「躾」は身を美しくと書くように、人としての生き方を覚えるという意味で、教育の中でも一番重要なことなのです。</p>

 
<h3>　いじめについて </h3>

<p>「いじめ」を受けたことにより児童・生徒が自らその生命を断つという痛ましい事件が多く発生しています。大変心が痛みます。児童・生徒が自らの命を絶つということは、理由の如何を問わずあってはならないことであり、深刻に受けとめています。

<p>「いじめ」については、どの子どもにも、どの学校においても起こり得るものであることを十分認識するとともに、「いじめ」の兆候をいち早く把握し、迅速に対応することが大切だと考えています。「いじめ」はどこにでもあります。隠してはいけません。子どもの気持ちになる必要があるのです。</p>

<p>この論議をするのに非常に大切なことは、命をかけがえのないものとして尊重する教育の推進が極めて重要であるということです。</p>

<p><b>--命の尊さについて</b></p>

<p>子どもたちは、戦って死んでもすぐに生き返るようなゲームを夢中でやっています。「いじめ」が多発するようになったのは、子どもに対して自然や命に対する教育を軽視したわけではないのでしょうが、社会全体が功利主義に走り経済を優先するあまり、子どもの心の教育をなおざりにしてしまった影響もあるように感じています。</p>

<p>また、今後「いじめ」の問題については、命の尊さ、二度と命は返らない（失った命は戻ってこない！）ことを教えていかなければなりません。心の傷は消せないのだから、人をいじめてはいけないのだと。</p>私たちの命は自分のものではありません。人間は自然のバランスのなかで生かされ、宇宙の摂理から与えられている存在で、自分一人の命ではない。自分が亡くなったら、あなたの子孫は消えてしまうのだということをしっかり教えるのも、教育の役目の一つだと思います。</p>

<p><b>--いじめの件数の報告について</b></p>

<p>「いじめ」の件数については正直に公表するということが大事だと思います。実際「いじめ」というのは1人の子どもが何件もやっている可能性があります。私の経験では、1件で終わっているということはほとんどありません。ですから、学校で「いじめ」をどのようにとらえたかということ、教育委員会にどのように報告されたかということ、私はそれに尽きると思っております。私の経験では学級運営がうまくいっているクラスでも大なり、小なり存在している場合が多いということです。「いじめ」は、本当に深刻な問題で、正確に把握し、信頼に値する対応をしながら、その根絶に向かって努力していかなければならないものです。</p>

<p><b>--いじめ問題と最近の報道について</b></p>

<p>外国では、「いじめ」による自殺の報道は、後追い自殺が増えるので自制されています。日本は無制限に報道しています。この点にも大きな違いがあると私は考えます。</p>

<p>何か事件が起こると、テレビはどの局でも、一斉に同じ内容の報道をしています。他社に遅れまいとする報道が先行し、事件の本質に迫る報道がされていないことが多々あります。

<p>一般大衆は、マスコミの伝えることをそのまま信じてしまいます。私には、大衆迎合型・世論誘導型の報道番組が多いように感じられます。報道は真実を伝えるものでなければいけません。信頼されるメディアであって欲しいものです。</p>

<p>残念ながら、マスコミが「いじめ」を論じているものに、高度なものはほとんどありません。一方的にいじめられた側に立っている場合もありますし、少ないのですが、被害者とその家族のプライバシーをさらけ出し、一方で加害者のプライバシーを守るという理不尽な報道も見られます。もう一つは、第三者の立場です。私は「いじめの本質」は公平かつ正確にとらえていかないと正しい報道にはならないし、「いじめ」問題の解決にもつながらないと思っています。</p>

<p>例えば、議会での発言一つをとってもこれと同じことが言えます。「いじめ」は生徒の幸せのための議論で、議会は市民の幸せや安全のための議論でなければいけません。本当に市民のためということであれば、人間として自然な答弁がなされるものです。これは絶対に必要不可欠なことです。「いじめ」の問題についても愛情や生命そのものの原点に立ち返らない限り、「いじめの理論」あるいは「いじめ」はなくならないと私は考えています。</p>

<p>「いじめ」がどのように変わってくるのか、個人の心の持ちようによって「いじめ」の受けとめ方は変わってきます。例えば「栄養を与えない」ということについて考えてみます。</p>

<p>「栄養を与えない」、すなわち食物を与えないのを「いじめ」ととらえようとすると、永平寺の僧侶は刑務所の囚人よりカロリーが低いのです。にもかかわらず誰一人文句は言いません。そして立派な人間が育っていくのです。しかし、刑務所で囚人の食事のカロリーを下げた場合、社会問題としてすぐに取り上げられるでしょう。</p>

<p>ですから、一つの事例をもって正しいかどうか判断するということは非常に難しいということです。ある会社の重役が、世の中に無常感を感じて修行に出かけました。ところが、雪の中で6時間立たされ倒れて亡くなったという話を聞いたことがあります。しかし、それで誰一人訴える人はいません。自分からそこに望んで行ったからです。事情を知らない人から見れば同じことでも、個人の受けとめ方により「修行」、「鍛錬」、「訓練」、「罰」、「しごき」となり、これらはすべてレベルが違うのです。</p>

<p>このように論点を整理しないと、同じことが起こってもそれを正しく評価することはできません。私は、そういう点で最近のテレビその他の報道には、ある種の偏りが感じられ、良識のある国民が納得できるものではないと思っています。</p>

<p><b>--いじめへの対処法</b></p>

<p>学校は、全ての子どもにとって安全で安心して学ぶことのできる場でなければなりません。様々な理由があるにせよ、不登校者が多数存在すること、児童・生徒の問題行動の発生が見られることは、「いじめ」同様大きな問題であり、私は大変心を痛めています。</p>

<p>それと同時に、「いじめ」や不登校の増加は、「大人社会の歪みの反映である」ことが一番の大きな要素と考えております。子どもは大人を見ながら成長します。子どもを守り育てるためには、何よりもまず保護者や学校、地域住民を含めた大人全員が自らを律し、自らの生き方を見つめ直す必要があります。</p>

<p>まず、大人が「いじめ」などに対して正しく適切な行動をとる。それには、思いやりをもち、子どもたちの心を大人が理解するための努力をすることが非常に重要と私は考えます。そのうえで多くの大人が子どもたちを注意深く見守り、育てていく体制を整える必要があると考えます。まず、「いじめ」や不登校、他の様々の問題行動を生徒指導上の一体の課題としてとらえ、担任等の身近な教師が子どもに対して思いやりがあり信頼される対応をする。そして適切にカウンセラー等の専門家の協力を得ながら校内指導体制の確立を図り、さらに保護者や地域住民にも協力要請していくことが必要です。</p>

<p><b>--ジェンダーフリー</b></p>

<p>男女共同参画を唱えるうえで「ジェンダー」という言葉が使われていますが、これは後天的な男女の差のことで、いわゆる性差の問題です。しかし、「ジェンダーフリー」という言葉は日本でしか使われていません。しかも、教育の現場に「ジェンダーフリー」という思想が入っているのは日本だけです。</p>

<p>どうしてそうなったかよく考えなければいけません。男女共同参画は、どんどん推し進めるべきだと思いますが、男女の違いをしっかりとらえて、お互いの特性を認め合い、尊重し合い、補完し合わなければなりません。そして、協力しながらより良い職場や社会を築いていく。そういう意味で、男女共同参画は100％賛成です。</p>

<p>しかし、男らしさ女らしさを否定するという「ジェンダーフリー」は、生物学的にも教育学的にも間違っています。そして、「ジェンダーフリー」の思想を学校教育に入り込ませた教育機関の関係者の考え方は、極めて遺憾であるといわざるを得ません。これは、日本の伝統文化の崩壊につながるものであり、日本が世界に誇るものとして持っていた「ますらおぶり」「たおやめぶり」と相いれないため、私は「ジェンダーフリー」を否定的に考えています。</p>

 
<h3>教育のタイミングと目的</h3>

<p>教育の「タイミングとその目的」は、非常に大切で、このことを「刷り込み現象」として研究発表し、ノーベル賞を受賞したのがコンラート・ローレンツ博士です。この「刷り込み現象」とは、卵から孵ったばかりの雛鳥は、最初にみたものを親と思ってしまうという現象のことで、玩具の鳥をみた雛鳥は、玩具を親と思い込み、そのあとをずっと追いかけてしまうという不思議な行動を、科学的に証明したものです。</p>

<p>ローレンツ博士は、自分の姿をガンの雛鳥にみせて実験したため、ガンが巣立ちするまで親鳥として池に入って一緒に泳いだり、空を飛ぶ訓練をしたり、たいへんな苦労をなさったそうです。これは、人間であれば幼児期の教育の大切さに置き換えることができます。教育のタイミングを間違えると、たいへんなことになるということです。</p>

<p>教育のタイミングを逸した最も有名な例は、1920年にインドで発見された、「狼に育てられた子、カマラとアマラ」の例です。生まれてまもなく狼にさらわれ、母狼と一緒に7年間も洞穴の中で過ごし、8歳のときにシング牧師によって人間の世界に引きもどされました。7年間も狼と生活をしてきたため、8歳とはいえ、人間としての行動はまったく見られず、昼は壁に向かってうずくまり、夜は戸外を四足で這い回り、腐肉を好んで食べたということです。</p>

<p>膝立ちして、物を自由につかむまで1年10ヶ月、一人で支えなしで立てるまでに2年8ヶ月、イエス、ノーを表すのに3年2ヶ月を要しました。さらに、恥じらいを示すのに6年2ヶ月、簡単な言葉を理解しながら、自由に話せるまでに9年の歳月を要しました。</p>

<p>カマラは17歳で亡くなったのですが、彼女の獲得した言語と運動能力は2・3歳の幼児程度であったといわれています。これは成長の法則にあるように、生後5ヶ年間の生活環境の影響は、その後の全生涯に影響するものであるということを教えてくれました。教育のタイミングがいかに重要であるかを物語るものです。</p>

<p>カマラとアマラの話は、幼児期の父母との正しいふれあいが、いかに大切であるかを私たちに示してくれているのです。つまり、人間としての教育を受けて、初めて人間になれるということです。</p>]]></description>
            <link>http://okano.s145.coreserver.jp/article/changeeducation.html</link>
            <guid>http://okano.s145.coreserver.jp/article/changeeducation.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">article</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 31 May 2010 22:08:17 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>今こそ江戸、明治に学ぶとき</title>
            <description><![CDATA[<p>日本の近代史を語るには、欧米諸国が四・五百年も前からアジア、アフリカを中心とした地域を植民地として統治し搾取するという長期間にわたる侵略の歴史を考慮に入れなければならない。それは、有色人種を白人よりも劣る者として扱い、資源と労働力を欲しいままにした身勝手で非人道的な歴史そのものでありました。そのような国際情勢に危機感を抱いた、日本の指導者は、近代化を急ぎ国力を増強することが、西欧列強から日本を護ることだと悟り、経済、教育に力を入れました。</p>

<p>また、明治維新から約三十六年後、国家の威信をかけて日露戦争を戦い、高い使命感と周到な計画を身に付けた人格と指揮能力を併せ持つ明治国家指導者の気概あふれる志で挑み、戦力において、はるかに優位のロシアと壮烈を極めた戦いをし、薄氷の上での奇跡の勝利を成し遂げて、日本はアジアで初の立憲君主国となりました。</p>

<p>この日露戦争における日本の勝利は、近代において有色人種が初めて白人社会である西欧列強による植民地支配の牙城の一角を切り崩すこととなりました。もしこの戦いに日本が負けていたら、ロシアの南下政策が強烈に推し進められ、日本はロシアと西欧諸国の植民地にされて白人による植民地化は完成されていたことでしょう。歴史学者の中には、「日露戦争は世界史の上で分水嶺となる戦いであった」と非常に高く評価する考えもあるほどであります。</p>

<p>明治の国家指導者や軍人は、国体の維持のために、常に危機感を持ち、あらゆる有事を想定した戦略を練り、効果的に任務を遂行するための指揮命令権を維持することに全精力をささげてきました。</p>

<p>このような人間として立派な生き方をして日本の近代化を成功させてきた人々を数多く輩出してきたその背景には庶民に対する学校というものがないことに驚きます。</p>

<p>江戸時代までの日本には、庶民のための学校というものはなく、それぞれの、地位や身分により学ぶ場所が異なっていました。武士教育の為の藩校や学問所、貴族や僧侶のための学問をする所、庶民には寺子屋といったものでした。</p>

<p>江戸時代の日本人は子供たちが一人前の人間としての知恵を身につけるには、自分の家族と地域が「しきたり」「おきて」といったものを伝統として教え、地域社会の構成員として認められるために必要な能力を、様々な通過儀礼を経ることで学ばせてきました。「ますらお」ぶり「たおやめ」ぶりや、社会の一員として「なすべきこと」「なさなければならぬこと」そして「なしていけないこと」「ならぬものはならないこと」といったことを身につけてさせてきました。</p>

<p>また、読み、書き、そろばん、といった人間として生きるために必要な基礎、基本を寺子屋で学んできました。このようにして江戸時代の日本人は世界最高レベルの識字率を獲得していました。</p>

 ]]></description>
            <link>http://okano.s145.coreserver.jp/article/history.html</link>
            <guid>http://okano.s145.coreserver.jp/article/history.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">article</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 31 May 2010 21:56:19 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>災害への対応と国民性</title>
            <description><![CDATA[<p>平成２２年１月 岡野俊昭</p>


<p>１月１３日中南米ハイチでマグネチューウド７，０の大地震があった。</p>これは憂慮すべき大変な事態である。</p>ハイチは住民の90％以上がキリスト教の信者である。</p>その現地では暴動、略奪が横行し秩序だった救出や復興の妨げとなっている。</p>
<p>日本でも15年前の平成7年1月17日の早朝に阪神淡路大震災という大災害があったが暴動や略奪は起こらなかった。</p>
かつて私はバルセロナの日本人学校で校長をしていたころ、しばしば次のような質問をされた。</p>日本人は無宗教で絶対の神が存在していないのに、大災害があっても、なぜ静かに辛抱できるのか、我々は宗教をもって律されているが、日本人のような立派な態度や行動がとれていない。</p>この日本人の道徳性の高さはどこから来るのか、教えてほしいと。</p>
私は、次のように説明をした。</p>日本人は太古の昔より、大自然を神として崇め奉り、そこから受ける恵みに感謝し、災害に対しては畏れを持ってそれを享受してきたこと、モンスーン気候での稲作を中心とした農作業の特性から、長い年月を経て、「共助による共生」という徳性を身に付け、治安の維持や生活の安定を確保してきたこと、こうした人としての在り方の根底には「武士道」が庶民の間にも流れ定着していることなどを説明して理解を求めた。</p>
そのような世界に冠たる日本民族の「徳性」は歴史から生き様を紐解けば其れがわかる。</p>その日本が今、政権交代による混乱、デフレ不況、不甲斐ない外交、教育現場の乱れ、家庭崩壊などの精神の荒廃が進行し、日本社会全体が深い閉そく感にとらわれている。</p>この憂える状態を打破するには、今もう一度，江戸末期から明治を生き、国家のために薄氷を踏む思いで日本の近代化を推し進めてきた先人の方々の、気概あふれる生き様を思い起こし、今日の範としなければならない。</p>
「伝統文化と道徳」を失った国は滅びるといわれる。</p>この日本を立て直すには、日本の良き文化と伝統に立ち返り、長い歴史の知恵に学び、国民がまっとうな日本人となり、国がまっとうな国家になることである。</p>
それには、日本の未来を担う若者に、正しい歴史教育を施し日本国民としての誇りと自信を身に付けた志高き若者を育成すべきである。</p>
 ]]></description>
            <link>http://okano.s145.coreserver.jp/article/disaster.html</link>
            <guid>http://okano.s145.coreserver.jp/article/disaster.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">article</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 31 May 2010 21:53:27 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>正しい歴史教育が若人に民族の誇りを与える</title>
            <description><![CDATA[<p><b>--国家への誇りが自信となり若人に夢を語らせる</b></p>

<p>私は、三十八年間にわたる教員生活の中で、多くの生徒に接するたびに、君の「将来の夢は！」「尊敬する人は！」「どのような人間になりたいのか！」、また、夢を達成するためには「どのような努力」をすればよいのかを尋ねてきました。

<p>驚くことに、日本の未来を背負っていく多くの生徒は、「夢」を語れず、「価値ある人物像」を持てず、人は「なぜ学ぶのか」を語ることができない。それが中学三年の進路決定時において、進路指導の大きな妨げとなっています。</p>

<p>また、「人としてどう生きるのか」の問いに至っては、答えられる者は少数であり、しっかりとした「夢」と「目的意識」を明確に持った、向学心あふれる生徒はごく少数なのであります。それらが無気力、我がまま、不登校、学校不適応、いじめ、校内暴力、青少年犯罪へとなって全国的な社会問題となっているのです。</p>

<p>これらの問題の背景には、幼児期からの発達課題の達成に問題があることに気がつく。幼児期の「甘やかし」から来る「しつけ」や「がまん」の体得不足、家庭崩壊など、親の身勝手な行動による『愛情不足』も原因となっていることが多い。つまり、子供の成長には「愛情と躾と我慢」というバランスの良い味付けが欠かせないということであります。</p>

<p><b>--自由と人権と個性の重視がポピュリズムをもたらした</b></p>

<p>「夢を語れない」という生徒たちの要因は様々あります。</p>

日本人は敗戦後の焦土化された国土復興のために遮二無に働き、世界の奇跡といわれる経済復興を見事に成し遂げました。しかし残念なことに日本が誇る伝統的、文化的価値を若者に教育することを疎かにしてしまったのです。</p>

<p>その背景となる見逃すことのできない事実は、戦後のGHQの占領政策による反日教育の徹底です。それは「日本を二度とアメリカに立ち向かうことのできない国にする目的」を達成させるための教育施策でした。</p>

<p>学校教育においても民主主義の実現のためとして「人権の尊重」「個性の尊重」「自由と平等」をスローガンに掲げ、全国の教員養成機関に左翼がかった思想が浸透しました。日教組を中心とした、社会主義者による反日的思想を教育された者が次には左翼教育の原動力となり、公教育の場を通して児童・生徒に根強い洗脳をくり返してきました。</p>

<p>また、連合国総司令部による「日本は外国を侵略した恥ずかしい国」、「略奪や残忍な行為をする日本軍」などという宣伝がラジオ、新聞による『太平洋戦争史』などによって「占領国が正義である」がごとくに日本国民に刷り込まれて行きました。GHQは検閲による言論統制、焚書による学問・思想の弾圧、公職追放（教職追放を含む）など、戦前の日本的伝統文化の価値や宗教心の大切さを殆ど否定する日本の歴史の抹殺を実行しました。</p>

<p>こうしたこともあって、日本人は日本という「国柄」と、国民としての「義務」を次世代に教育することができなかったのです。</p>

<p><b>--国の成り立ちと国民の在り方</b></p>

<p>今日の混沌とした日本社会の有り様をもたらした根本原因は、戦後教育において、日本という「国の成り立ち」と、その国家を成り立たせる根本となるいわゆる「国体」とは何か、国家を支える社会の一員としての「国民の果たすべき義務」とは何かを教育をすることを疎かにしてきたことにあります。</p>

<p>今日の国家指導者たる者の主体性の無さは、国家の主権にかかわる諸問題への対処に特徴的にあらわれています。日米安保条約と普天間基地、インド洋の海上給油、北方領土、北朝鮮による拉致、竹島の領有権、尖閣諸島、などの問題での外交をみると、国内世論と政党維持に振り回された、国家利益を無視した国家理念なき対応であり「公」の精神による「国益」を追求するという、国家指導者としての「使命感」や「気概」のない、及び腰の外交政策です。</p>

<p>一方、教育では「人権」「個性」「自由」を重視し過ぎた「温室教育」により、国民の多くが我が儘で、軟弱であり、判断力不足の人間となっています。それらが日本国民としての意識、誇り、自尊心の欠如となり、社会貢献をすることなく、自己利益ばかりを追い求める、非生産型の人間を社会に送り出することとなりました。</p>

<p>その結果として、国家の危機の意識や社会の出来事での「真偽」を嗅ぎわける「能力」と「気力」を失わせてしまいました。</p>

<p>このような大衆迎合による、混沌とした世の中を正常化するには、青少年期に正しく歴史を学ばせて、日本という国家の偉大さと、歴史上の先人たちの優れた生き様から、誇りと生きがいを感じ取らせていかなければならないと思います。</p>

<p>古代から私たちの祖先は、少ない資源を生かす工夫や、物を大切にする生活をして絶えず道具に工夫や改良を加えることをしてきました。また大陸の先進文化を取捨選択しながら積極的に取り入れ、それを日本の繁栄に結び付けてきました。今日の「ものづくり大国日本」は、風土が生んだ、変化への対応の早さと勤勉さがもたらしたものであります。</p>

<p>また、これまでの日本国家の存続と発展を成し遂げるために、死力を尽くして見事に生き抜いてきた歴史上の人物や、日本の近代化にあたり庶民にまで影響を与えた、神道・仏教・儒教が融合されて日本国民の精神の支柱となっている「武士道」精神を『新しい歴史教科書』により学び取らせることが、日本国と日本人であることに誇りを持たせることになると思っています。</p>]]></description>
            <link>http://okano.s145.coreserver.jp/article/pride.html</link>
            <guid>http://okano.s145.coreserver.jp/article/pride.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">article</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 31 May 2010 21:50:58 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>「決断の瞬間 --地方自治とリーダーシップ--」講演記録</title>
            <description><![CDATA[<p>平成２０年１１月３日（月）　午後１時３０分 早稲田大学祭シンポジウム　基調講演</p>

「決断の瞬間?地方自治とリーダーシップ?」講演記録
　
　平成２０年１１月３日（月）　午後１時３０分
早稲田大学祭シンポジウム　基調講演

<h3>私と早稲田のかかわり】</h3>

<p>皆さん、こんにちは。銚子市長の岡野でございます。</p>
<p>銚子市は苦渋の選択として病院を休止いたしました。本日はその真相についてお話をさせていただきたいと思います。</p>

<p>その前に、私と早稲田の関わりについて少しお話させていただきます。</p>

<p>実は今日、ここに来る前、銚子出身の早稲田の大先輩「青木半治先生」にお会いしてきました。青木先生はかつて日本体育協会会長であり、日本陸上競技連盟の会長でありました。東京オリンピックを誘致し、成功に導いた方であります。また、東京都の名誉都民であられます。</p>

<p>青木先生に今日母校でお話しすることになりましたとお伝えしたら、先生は私にこうおっしゃいました。</p>

<p>「今の日本はおかしい。本当のことを見えなくなっている。見ようともしなくなっている。上っ面のことで動きすぎる。今日の日本を築いてきたのは大和魂であり、武士道精神である」。と盛んにお話ししていました。「どうか、君の想いと真実を話して来て欲しい。」と激励されました。</p>

<p>青木半治先生といえば、今の若い方は知らない方も多いと思いますが、私がかつてギリシャの大臣とお話する機会があった時、日本の首相の名前は知らなくても、日本陸上競技連盟の「ミスターアオキ」の名前は知っていました。それほど、世界でも知名度の高い方です。</p>

<p>それから、１２歳違いの私の叔父が早稲田の法学部出身です。この叔父にかわいがられたものですから、私と風呂に入った時は、早稲田の校歌を聞かされ、私も歌えるまでに覚えてしまいました。この尊敬する叔父は、優秀な方でしたが、若くして亡くなってしまいました。</p>

<p>私は、わんぱくでスポーツが得意だったものですから、オリンピック選手をめざし、日体大に進んだのですが、叔父から「私にスポーツばかりでは駄目だ。本を読め。」と諭されました。この教えを守り、大学時代は、「本を読む日体大生」という変わり者であったのです。</p>

<h3>江戸時代から発展してきた銚子市</h3>

<p>さて、ここで少し銚子の紹介をさせていただきます。銚子は、かつては華やかで賑わいのある都市でした。江戸後期から明治中頃にかけては、東京、横浜、銚子の関東三大都市、または、東京、横浜、宇都宮、前橋、銚子の関東五大都市と称されるほどの賑わいのある町でした。その頃は、水運で魚やしょうゆ、物資を運び、江戸庶民の台所としての役割を果たしていました。今でも築地には銚子出身の方が住んでおられます。このような銚子が何故、病院の休止に至らなければならなかったのか？ある意味では恵まれすぎて努力を怠ってきたのはないかと思うわけです。銚子の食料自給率は２５８％、日本は今４０％です。千葉県は２９％です。</p>

<p>３００種類の魚が採れ、２年連続日本一の水揚げ量を誇ります。そして夏涼しく冬暖かい気候であること。また農業も盛んです。灯台印のキャベツは有名ですが、米、野菜、畜産、近隣の市町と合わせると、関東でも有数の農業産出額を誇ります。それに合わせて、伝統のしょうゆ醸造、ヤマサ、ヒゲタ醤油という日本の醤油メーカーを代表する企業が立地しています。このように余りにも恵まれすぎていたことに胡坐をかいていたのではないかと思う訳です。</p>

<h3>病院の存続を訴え続け奔走</h3>
<p>さて、病院の話に入りたいと思います。</p>

<p>私が市長選に立候補した際に掲げた公約が、「公立病院としての存続」でした。前市長の時代から病院の問題は顕在化していました。彼は総務省の出身ですから、病院の方向は民営化に向け考えていました。私は教員出身ですから、貧しい子供たちの家庭も知っていましたので、何とか公営で維持できないものか、腐心してまいりました。就任後から、医師の確保に奔走してきました。</p>

<p>ここ数年の国による規制緩和の方向から出された「新医師臨床研修制度」の影響による医師不足や、「診療報酬の改定」などにより極端に医業収益が減少し、経営状況の悪化に苦しんでいたからです。</p>

<p>しかし、国の医療制度改革には勝てませんでした。世間では、私のことを「病院を潰した市長」と言っていますが、私は休止を発表する直前まで存続のために努力してきたのです。</p>

<h3>市立病院を再生するために必要なこと</h3>
<p>「医師がいて」、「市にお金があって」、「病院経営が改善できていれば」、病院がなくなることはありません。</p>

<p>ところが、「医師がいなくなった」、「市には支援すべきお金がない」、「病院は公立病院特有の公務員体質で経営改善が思うようにできない」、このような状態で市が支え続けていては、市の経営すら危険が及ぶと判断し、苦渋の決断をしたのです。</p>

<p>一部の市民からは、「市はつぶれてもいいから病院を支援しろ。」と言われてきました。デモも行われました。市長を引きずり降ろそうという政争の具にされてしまったのです。これが一番悪いことです。</p>

<p>私が、医師がおり市にお金があるにもかかわらず病院をなくす方向で考えていたら、公約違反と言われても仕方がないことですが、今の状況は、「公約の中断」であると私は考えています。</p>

<p>日蓮は蒙古襲来の危機があった鎌倉時代、幕府要人、他宗の僧侶に対し、「世を救おうと思う者はあらゆる迫害に耐えよ」と説きました。また、「地域や家族も大切だが、もっとも大切なのは国家である。国を護る。これは最高の道徳律である。」と教えました。</p>

<p>私も今、このような意識が必要であり、間違った集団には負けてはならない。銚子の意識革命の時期だと思って耐えています。</p>

<h3>都市経営者として休止を決断するまで</h3>
<p>市立病院は、市民の「命と健康を守る」地域医療の中核病院ということで私の公約に掲げました。公立病院は、救急医療、精神神経科等のいわゆる「不採算部門」を担わなければなりません。また、開業医の経営を圧迫しないための手かせ、足かせがあります。　このような厳しい状況の中でスタートしてから実質上の黒字になったことは一度もありません。総合病院となった約２４年前の１９８４年から現在まで、総額約２３０億円の支援を行ってきたことも事実であります。</p>

<p>私が市長に就任した２年前の平成１８年度には、就任約３か月後には、９億円の支援のほかに、７億円の追加支援を行うという非常事態となりました。</p>

<p>この支援は、市の会計では用意ができず、「水道事業会計」から貸付を行うという形で支援しました。</p>

<p>このお金は水道事業という特別のお金であったために、「背任行為にあたる」という指摘も受けましたが、議会を説得し協力を得て、１度目の危機を逃れることができました。</p>

<p>昨年度は９億円の補助金のほかに、６億円の追加支援をしました。これは市の貯金にあたる財政調整基金から絞り出し、２度目の危機を凌ぎました。</p>

<p>この時、病院の経営陣に対し、このままでは市民に申し開きができないということで、「経営健全化計画」を提出してもらいました。</p>

<p>この計画は、甘い見通しの計画で、市の執行部と病院事務局との厳しいやり取りの末に、もうこれ以上支援はできないという基本方針のもと、作られた計画でした。</p>

<p>今年の３月には病院長は過労で辞職しました。懸命に病院長の引止めをしましたが翻意していただくことは叶いませんでした。その後は、院長の後任をお世話になっている病院、近隣の病院を中心に方々あたり、懸命に走り回り探しましたが、見つかりませんでした。</p>

<p>このような期間が４か月続き、私も市のひっ迫した財政状況の中で、何とか病院を存続できないか、改革できないかと腐心し議論を重ね、千葉県とも相談しましたが、これ以上、病院を存続するための市からの財政支援は物理的にも不可能ということで、９月に休止という非常に辛い決断をいたしました。</p>

<p>この休止にあたっては、さまざまなシミュレーションをしてきました。ソフトランディングするための方法、ダウンサイジングして経営規模を縮小する方法を考えてみました。しかし、約４００床という大きな器のある病院を急に縮小するといっても並大抵にできることではありませんでした。ともかく、常勤医師が通常の３分の１に減ってしまっているのです。</p>

<p>これは国の医療制度によるものですから、とても私には太刀打ちできませんでした。この原因はまさしく「新医師臨床研修制度」の創設であり、医師研修の規制緩和策の中で地方には研修医が集まりにくくなりました。</p>

<p>この状況は、平成１６年４月に３５人にいた常勤医師が、平成１９年に２２人、平成２０年４月には１３人と急速に減少していったのです。そして、休止する直前に残ってくれる医師を確認したところ数名しかおりませんでした。</p>

<p>看護師の数はそのままで、入院もできない、救急も対応できない、このような機能の病院を維持できるでしょうか？この状態は、レストランにコックがいない状態で経営をまかなっているようなものです。これは経営としては成り立ちません。</p>

<p>また、公務員体質も顕在化していました。近隣にも、公設公営の病院や県立の病院がありますが、いずれも経営体質は悪い。何故か？労働組合は、いわゆる整理退職を認めません。公立病院の労働組合というのは、つぶれるということは何も考えていないのです。一般の会社であれば、労働組合は会社をつぶすような交渉はしません。役所は絶対につぶれないと思っていますから、我々の出した案に応じることはありません。</p>

<p>また一方で、職員を退職させるということは本当に辛いことです。職員の中には、私のかつての教え子、そのご両親、親戚、知人の方などたくさん勤めておられます。</p>

<p>家族を養い、教育費や住宅ローンなども抱えている人などたくさんおります。
私は、職員の将来の生活設計に重大な影響を与えざるを得ないと考える時、そして、入院されている患者の方々を思うとき申し訳なさがいっぱいで夜中に何度も目が覚めました。人知れず涙がこぼれてきた時もあります。それでも、私は行政のトップですから耐えなければならない。</p>

<p>他の公立病院の経営者は私を責めます。しかし、民間の医療法人の経営者は、良く決断されたと評価してくれました。自分たちは苦労して乗り切ってきている。公立病院は甘いと。また、全国の市長からは「次の選挙は駄目だね。住民から反対されるから。」と言われました。「私は結構です。」と申し上げました。トップとして必要なことは、まちを救うことです。銚子という小さいまちですが、将来のことを考え、この苦渋の選択をせざるを得ない。このような決断をしたのです。</p>


<h3>マスコミによる一方的批判</h3>
<p>このような状況の中、マスコミからは連日多くの取材を受け、それが結果的に多くの批判となって押し寄せてきました。</p>

<p>あるマスコミですが、「２年しか勤めない市長が、３０年以上勤めている職員の首を切っていいのか」と責めてきました。戦後の日本はこのような論理が通じるのです。世界ではこのような論理が通じるところはありません。しかし、戦後の甘えの構造で、間違った民主主義がこのような論理を通じさせるのです。</p>

<p>１日の市長だろうが、何十年務めている市長だろうが、その行政に対する責任の重さは同じです。これが日蓮上人の言葉の意味であると思います。</p>

<p>やはり、正しい判断と思った時は、どんなつらい立場でも実行する。この決断力が必要だと思うのです。</p>

<p>マスコミは、自分が聞き出したい内容を何十回も尋ねてきます。そして、一度でも間違えたりすれば、その言葉を取り出して使ってしまうのです。また、こんなエピソードもありました。できる限り温和に対応しようとしていたところ、「そんな顔では駄目です。もっと深刻な顔にした方がよい。」といわれたので、本当に申し訳ないと思い、そのような顔にしたところ、その時の恐い顔が全国に流れ、私のイメージが作られてしまいました。しかし、そのようなマスコミでしたが、２社ほど後日非礼を謝罪してきたところがありました。</p>

<p>そして、マスコミで言葉が躍った「医療難民」は、今のところ、銚子の場合は出ておりません。市内の病院も懸命に頑張ってくれておりますし、旭中央病院、鹿島労災病院など市外の病院にも救急患者を受け入れていただき、感謝しております。銚子には医療体制を支える受け皿もあったのです。</p>

<p>これらのことを考える時、物事は一端の見方だけでとらえてはいけない。市長は都市経営者として総合的に判断せざるを得ません。病院の方々は病院の経営だけを考えて当然ですが、私はそのような訳にはいきません。皆さん、これ程話題になった銚子市立総合病院が市民の何％利用されていると思いますか？国保のデータですが、休止前は市民全体の７．５％の利用率にとどまっています。そのような中で、私たちは２年間の累積で約３０億円もの赤字補填をしてきたのです。</p>

<p>さて現在、私は病院をつぶした悪い市長ということでリコール運動がおきています。完全に患者抜きの政争になっております。銚子はかつて、重要港湾の指定まで進んでいた話を住民の反対運動で白紙撤回となりました。東京電力の誘致も然りです。もし、実現していれば港湾、道路交通をはじめ都市基盤のインフラ整備も進み、街も発展していたのでしょうが、後悔しても後の祭りです。今回の問題も同じように取り上げられ、そのような市民性が残念でなりません。</p>

<p>私は銚子市が将来進むべき方向として、関東で最も地震に強いまちとしてＰＲしていきたいと思っています。現に関東大震災の際、銚子は東京を救っています。大震災に見舞われれば、トイレ、帰宅困難者の問題、道路や東京湾など交通インフラもすべて駄目になります。その際、東京近郊の防災拠点に頼っていて大丈夫でしょうか。銚子には食料備蓄機能があります。また、冬暖かく、夏涼しい温暖な気候、醤油醸造業もある、固い岩盤で地震に強い、このような地域の特性を生かして、「首都圏を救うまち」として活用して欲しいと訴えているところです。それでも市民の協力がなければ、なし得ないものであると思っています。</p>

<h3>日本人として身につけるべきもの</h3>
<p>話題は変わりますが、最近の日本人のモラルや道徳がおかしくなっているといわれています。</p>

<p>幕末から明治維新にかけて、大政奉還、廃藩置県など、非常に大きな変革期に際し、ほとんど無血革命に近い形で新政権に移行できたのは、国の将来を思う気持ちが共通だったからです。新政権ができてからも、幕府側の官吏を新政府の重鎮や東京大学の前身である総長に登用しています。明治維新の際に戦ったが、国を思う気持ちは同じであるという日本人のもつ武士道精神や寺小屋教育などが根底にあるのです。</p>

<p>ここから何を学ぶべきかということですが、私は道徳教育を復活し、教育勅語を再評価することだと考えています。教育勅語を皆さん読まれたことがありますか？</p>

<p>親を敬う、先輩を敬う、いざとなったら国のために戦う、当たり前のことです。決して間違ったことが書かれている訳ではありません。戦後教育ではそれを排除してしまいました。</p>

<p>私はスペイン国バルセロナで日本人学校の校長として３年間赴任していましたが、その当時、同時多発テロを経験しています。世界で自分の国に対する誇りや近代史を教えていないのは文明国で日本だけです。セレモニーの時に、国旗や国歌にきちんと対応しないのは日本人だけです。帰属意識のない人間が外国に渡り、暮らしていけるでしょうか？日本の伝統文化をしっかり身につけていないと、外国の人々からは尊敬されません。このようなアイデンティティーをもたない人間をつくってしまったのも、戦後教育の失敗にあると思っています。</p>

<p>私は非行で荒れていた学校の建て直しを４回行いました。国のすばらしさ、故郷への慈しみなどを説いていると悪かった子どもたちも目が輝いてきた経験があります。敗戦後の日本の子どもたちは栄養失調でしたが目は輝いていました。しかし、今の日本の子ども達は、豊かになったけれども目が死んでいる。私はもう一度日本の伝統文化を見直す必要があるのではないかと考えています。それと、人権、自由、平等をもう一度考えて見るべきだと思います。</p>

　<p>私が教育に一番大切だと思うのは人づくりであり、人づくりというのは自己実現をするとともに、社会に貢献するということを教えることだと思います。</p>

　<p>日本人は感謝の民族です。日本人は無宗教といわれていますが、大自然の中に感謝するという観念を、自然と身につけています。太陽を拝み、森や海に感謝し、祈る。また、日本人は相手を尊敬しながら、受け止めながら共生していく助け合いの精神を大切にしています。これらの先人の知恵、気概、使命感を大切にするような教育、いい意味での大自然への畏敬の念や感謝して宗教観を身につけていかなければならないではないでしょうか。</p>]]></description>
            <link>http://okano.s145.coreserver.jp/article/leadership.html</link>
            <guid>http://okano.s145.coreserver.jp/article/leadership.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">article</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 31 May 2010 21:35:25 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>大局を見れない小人の駄々っ子</title>
            <description><![CDATA[
<p>平成２２年３月
岡野俊昭</p>

　　<p>日本のメディアの多くは、米国の「核兵器」が日本の領海や港に「ひそかに」持ち込まれていたことを「けしからん」と論じているが、その「ひそかに」持ち込まれた「核」によって日本は「ひそかに」守られてきたことを忘れてはなるまい。</p>
　　<p>当時の冷戦下の世界で、米国は、ソ連の脅威に対応して抑止効果を発揮させるための「核」を日本の領海に持ち込む必要があったである。</p>

　　<p>日本のメディアや進歩的文化人は、真実の真偽と言うものを直視する眼鏡を持ち合わせてはいないようだ。赤みがかったサングラスで物事を視して、自分たちだけが平和を希求する精神を持った民衆の味方である、が如くに論じている。</p>
　　<p>彼らの主張は、平和を維持するための武器の備えは不必要であるという。また、国境も国土もいらない（鳩山首相発言、日本は日本人だけのものではない）と言う理念を持っている。このような考え方は厳しい国際情勢の中では通用しない論理である。また、発言すればリーダ―としての資質や人格を問われる。</p>

　　<p>視点を変え、もし、私たちの身近な生活空間に、凶悪な犯罪者が武器を所持して財産や女性を物色する状況にあったならば、彼らはどのような解決策を出すであろうか　？　自分達は平和主義者だから、「家に鍵を掛けずに」「警察力も必要とせずに」生活をすると宣言をして実行するであろうか　？　きっと「警察は何をしているのだ」「政府は強い方針を早急に出せ」と迫ることであろう。</p>

　　<p>一方、私たち日本の周辺国を見ると、自国民を国家主義による教育をして、住民を恣意的なイデオロギー政策によりコントロールして、領土や埋蔵資源を国際ルール無視の形で主張し、実効支配をしている国が存在している。そういう事実を認識してから、考え、論じて行かなければならない。</p>


　<p>一国の平和の維持は、軍事バランスと外交努力により成り立っている。つまり、軍事力により国の平和が保たれ個人の命と財産が守られているというわけである。</p>

<p>「命の維持」と「文化的生活」に欠かせない「電気エネルギー」と「水」の恩恵に甘んじている人間が、安易に「ダム建設反対」「発電所建設反対」をすべきではない、と、主張する民衆と同列なのである。</p>]]></description>
            <link>http://okano.s145.coreserver.jp/article/problem.html</link>
            <guid>http://okano.s145.coreserver.jp/article/problem.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">article</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 31 May 2010 21:30:40 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>日本の国柄と国民の義務/国民の意識と外交と戦争</title>
            <description><![CDATA[
平成２２年１月 岡野俊昭

<p>第二次世界大戦の原因は軍部と官僚の暴走と政治家の無見識にありといわれているが、戦争へと進む日本の世論の動きと流れをみると、戦後の知識人といわれる者の多数が、軍部の暴走とばかり指摘するが、当時の厳しい言論統制下にあっても、欧米の戦力や経済力、地下資源の豊富さといったものの情報に詳しい「新聞」が、当時の国民に正しい情報を的確に伝えることができたなら、どんなに「軍部」が煽っても当時の国民は戦争に突入することにためらいを感じ、熱狂することにはならなかったのではないかと思われます。</p>

<p>外交政策をとっても、戦前の国際情勢の中での日本の立場を正確にとらえ巧みに外交することが出来なかった日本は、外国からは異端国とされ、国内では軍部や新聞の扇動による民衆の力に押し切られて、戦力、経済力、資源に圧倒的に劣勢である日本が、世界を相手に戦争をするということになってしまいました。この流れは、軍部とポピュリズムによるものではなかったのかとも思われます。</p>

<p>しかも、世界を相手に戦うために必要な「国家体制」が出来てはいませんでした。それは、「神国日本」という精神論で打ち勝てるようなものではなかったのであります。しかしながら、天皇制によって維持されてきた我が国が、存亡の危機となり、後へと引けない状態になったからには、国民の総力を挙げて戦う以外に道はなかったのです。祖国防衛と家族や友人、恋人を護り、輝かしい日本の将来を信じて、自らの命を犠牲にしていった多くの兵士の方々の心中を察すれば、世界の秩序と平和を願いながら散華されたことは感謝を持って語り継がなければなりません。今日の日本の存在と繁栄は尊い犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならないのです。</p>

<p>戦争は無いほうがよいに決まっています。それは、地球環境からみても人類にとっても、あってはならない最も罪深い行為であるからであります。しかしながら国家が存亡の危機となりやむにやまれぬ状態となったときには、国民こぞって潔く戦うのは至極当然の義務であります。それに疑問視するのは世界広し、といえども日本以外にはありえません。</p>

<p>大東亜戦争を、大本営参謀を務めた、元伊藤忠の会長であった瀬島龍三氏によると「侵略戦争なら計画戦争であり、勝つか負けるかの見通しがつく。勝つ見込みがないなら仕掛けない。しかし大東亜戦争はそのままじっとしていれば国が滅びる淵に立たされた。いうなれば、窮鼠猫をかむ戦争だった」。そういうふうに持って行かれたのは、外交上の失敗だった、というのが、瀬島分析だ(フジテレビ出版瀬島龍三日本の証言より)</p>

<p>マッカーサーの米上院証言、「日本はおおむね自衛のための戦争」であった。を、もう一度、考える必要があるのではないか。</p>　　　　　　　　]]></description>
            <link>http://okano.s145.coreserver.jp/article/duty.html</link>
            <guid>http://okano.s145.coreserver.jp/article/duty.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">article</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 31 May 2010 21:18:02 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>日本は明治維新以来の危機</title>
            <description><![CDATA[ 
<p>
<h2>日本は明治維新以来の危機、リセットは効かない、セーブはない。</h2>

平成21年5月5日　　岡野俊昭
</p>
　　
<ul>
<li>誇り高き日本国家の在り方を明確にして「国民の在り方」「国民の義務」を明確にする教育の確立をする。</li>
<li>国力無視の政策を正す</li>
<li>官僚の優秀さを生かす</li>
<li>国際競争力のある人材育成する</li>
<li>「バラマキ」より「自立」「志」を重視する</li>
<li>「資源」なき国は、「工夫」と「勤勉」で生きるしかない。</li>
<li>｢技術流出｣を防ぐ｢法律｣で国力の維持、発展を</li>
<li>「家族を守り」「民族の絆」を高める教育</li>
</ul>

<p>戦後の日本は、教育の場を利用して、天皇を悪者にし、我が国を、侵略国家扱いにして、歴史と伝統を否定し、ゆとり教育を推進してきた。その結果、学力、体力、気力が、低下し、道徳心は失われ、日本の誇りであった、勤勉さ、工夫、協調性による組織力にも陰りが見えてきている。</p>

<h2>教育についての考察</h2>
<p>日本の近隣諸国は、日本に追いつき追い越せと、子供たちを教育し、大きな成果を上げている。また、各国が世界一という高い目標を掲げて、現在その目標に向かい血のにじむような努力を続けている。ところが日本は、他国が、そうして自国の将来を考えて教育している間に、ゆとり教育を導入してしまった。</p>

<p>現在の厳しい国際社会の中で、ゆとり教育を受けてきた、競争力のないひ弱な子供達を、ある日突然、国際競争社会に放り出してしまう。大人たちは、子供に対し、なんという残酷なことをしてしまったのか！！</p>

<p>次世代に対する責任として、教育による日本復活以外方法は無い！</p>

<p>「一国の独立は国民の独立心から湧いて出る」　福沢諭吉先生談</p>]]></description>
            <link>http://okano.s145.coreserver.jp/article/crisis.html</link>
            <guid>http://okano.s145.coreserver.jp/article/crisis.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">article</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 31 May 2010 20:40:59 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>日本を教育で世界のナンバーワンにする</title>
            <description><![CDATA[
<h2>岡野としあきより一言</h2>

<p>正しい歴史教育をし、教育による日本再生を図る<br>

自国への誇りと伝統文化の軽視、道徳の低下は、国を滅ぼす<br>

資源の少ない国、日本は、勤勉さと、工夫、物作り大国として生きるしかない</p>

<p>そのような厳しい世界情勢の中に在って今の日本は世界の荒海の中で、方向を示せぬ船長のもと、海図も羅針盤も持たずに、濃霧の中を漂う状態である</p>

<p>このような状態を招いたのは戦後教育にある</p>

<p>そこで私は、日本を誇り高く思い、日本に生まれ育ってよかったと思える、堂々たる日本人を育成したいと思い立候補しました。</p>]]></description>
            <link>http://okano.s145.coreserver.jp/article/education.html</link>
            <guid>http://okano.s145.coreserver.jp/article/education.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">article</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 31 May 2010 20:36:32 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>壊れた学校が再生した！</title>
            <description><![CDATA[
<p><strong>対談：岡野俊昭）＆八木秀次</strong></p>


<h2>教育が人をつくる、人を変える</h2><br>

<p><strong>岡野：</strong>忘れられない体験ですが、1972年に田中角栄首相が日中国交回復をした数年後、私も中国に行って、「かつて大きな文化交流があり、孔孟の思想や仏教思想などを日本にいただいて感謝している。しかし両国には戦争という悲しい歴史があった。一般民衆も巻き込んでしまったことにはお詫びしたい」と話したことがあります。中国側は大いに納得しました。なかには「日本があったから今の中国がある。謝る必要はない」と言う人もいた。どこへ行っても歓迎、歓迎。じつに親切な中国だった。しかし、今の中国の状況は抗日教育が徹底したため、反日の感情が非常に強い。教育が変わると、こうも人が変わるのかと、私は目の当たりにしています。</p>

<p><strong>八木：</strong>なるほど、それは教育というより観念ですね。昔の中国人の世代は実体験から分かっていますが、今の反日感情は観念で作られている。</p>

<p><strong>岡野：</strong>中国共産党も日本の影響でつくられたことを昔の世代はよく知っています。亡命者を匿うような懐の広いところも日本人にはあった。今の中国は民衆に本当のところを教えず、日本の悪いところばかりを宣伝して教育している。だから、スポーツ交流などで中国の人が来日すると「日本人はみんないい人ばかりだ」と驚くことになる。</p>

<p><strong>八木：</strong>教育は人を変えてしまうのですね。</p>

<p><strong>岡野：</strong>江戸時代の日本では、寺子屋に入れてもらうまでに人様に恥ずかしくないよう、皆に迷惑をかけないよう礼儀の基礎を子供に教えこみ、その上で寺子屋に行かせて素読などを教えた。だから町人でも農民でも、外国人が驚くほどの教育水準だったのです。</p>

<p><strong>八木：</strong>今は人としての基礎・基本を身につけさせず、まるで鍛えないで子供を学校に入れる。だから子供は１時間と机に座っていられない。昔ならば世間に申し訳が立たない、恥ずかしいという意識があったが、今は自分の周りの半径数ｍ位しか関心がない。広い世界で生きる方が人生は豊かになります。親の側ももっと自覚しなければいけませんね。</p>

<h2>崩壊した学校をどう立て直すか</h2><br>

<p><strong>岡野：</strong>しかも、今の親や子供は、「生かされている」という意識をもっていない。援助交際の問題にしても、身体は自分のものだと今は教えているが、身体は自分のものじゃないから勝手に扱ってはいけないと教えるべきです。自分の身体は親が作ったのでもなく、誰が作ったものでもない。自然の摂理が創ったものなのですから。</p>

<p><strong>八木：</strong>人の身体は自然からの預かり物なのですね。</p>

<p><strong>岡野：</strong>いま日本は先進国で１番エイズが広がっています。それをコンドームの活用で防ごうとしているが、私はそれではダメだと思う。もっと根本のところを教えないといけない。私が校長をしていた時、学校へは未成年者の茶髪・ルーズソックスでは立ち入り禁止。ここは学問の場である、教育を邪魔する人は排除します、と看板に書いた。それを暴走族に捨てられたら、さらに大きな看板を作った。２度目も捨てられてもっと大きなものを作ったら、それで彼らも諦めた（笑）。親から援助を受けている人、自立していない人は髪を染めてもいけない。親は茶髪でも白髪を染めようと構わないが、自立して生活できるまでは、子供は髪を染めるな、化粧はするな、と。これにより学校が一気に修復し、関係の方々から賛同を得ました。他にも、たとえば中学校長をやった１０年間、私はBGMとしてクラシックを学校に流しました。教員の間にも最初は抵抗がありましたが、生徒が一流の音楽を聴き、落ち着きと自信を持ち、最後は「良かった」ということになりました。</p>

<p>八木：BGMにクラッシックを流す学校はまずないでしょうね。</p>

<p><strong>岡野：</strong>かつて私が校長をしたバルセロナの日本人学校では、国旗を揚げるポールがなかった。そこで日本国旗とスペイン国旗とカタルーニャ自治州の旗の３つを掲げたら、街の人は「今度来た校長は違うぞ」「俺たちのことを大事にしてくれた」ということで非常に協力してくれた。また、日本人学校で「教師としての使命とは何ですか」と聞いても教師たちは答えられない。私は、教育とは「大人になって困らないようにすることが教育基本だ。難しいことではない。まず聞き上手になり、読み書きそろばんを教えなさい。聞き上手で心を作り、そして学問の基礎基本を徹底することが大事だ」と言いました。将来は管理職に絶対ならないといっていた先生が今みんな管理職になり、国旗・国歌のセレモニーを大事にしています。海外での教育の経験から、国家や秩序の重要性に気づいたのです。</p>

<h2>今の教育に欠落しているもの</h2><br>

<p><strong>岡野：</strong>戦後教育の最大の失敗は、鍛えることを拒否したことです。鍛えなければ真っ当な人間になれません。イギリスのパブリックスクールではエリートを作るのに、雨が降ったり雪が降ったりすれば上半身裸でランニングやサッカーをさせる。私も教員時代に色々批判をされてもこれを実行したところ、じつに良い子供が育った。コンラート・ローレンツ博士は、少年期に肉体的・精神的苦痛を経験していないとエリートになれないし、良い生活はできないと言っています。リーダーとは自分の地位にふさわしい責任を負うものです。フォークランド紛争のとき、イギリスの皇太子は前線に立っていましたし、アルゼンチン軍とイギリス軍の軍艦の間をヘリコプターでホバーリングするなど、危険を顧みない行為は自軍の士気を高めました。また、イギリスのパブリックスクールに飾られている英雄の肖像を見れば、イギリス貴族が戦争で真っ先に亡くなっていることがよくわかります。リーダーとしての責務をきちんと果たしているんですね。</p>

<p><strong>八木：</strong>しかし、日教組はリーダーを廃し、エリートを潰すような徹底した平等教育をやった。強制はいけない、鍛えてはいけないと。その結果、リーダーが不在となり、ここに日本の不幸があります。
<strong>岡野：</strong>また一方で、男女の別なく「さん」付けで呼んだり、男女混合名簿の導入など、行き過ぎたジェンダー・フリーが教育界を覆っている。こうした点も私の学校では一切やめさせました。フランス語には男性名詞・女性名詞があり、これを混同してはフランス語が成立しないと説明したら、導入派の人たちは黙ってしまいました。</p>

<p><strong>八木：</strong>ジェンダー・フリーなる言葉は、東京女性財団というところが作った和製英語です。</p>

<p><strong>岡野：</strong>今の学校では、スカートを履いた女の子がとび蹴りして、男の子が怪我をするなど、一昔前の女の子では考えられないことがよくある。これでは男女間の思慕の念などわきようがない。また、下着を見せながら胡坐をかく女の子も出てきた。恥じらいや貞操観が失われつつあるのではないかと懸念しています。自己の権利だから、自分の身体だからといって自由勝手な行動をして、中学生や高校生が出産しても子供を育てることはできない。ジェンダー・フリーを推進し、自己決定を助長している人たちは、本当に責任がとれると思っているのでしょうか。</p>

<h2>基礎・基本を叩き込むこと</h2><br>
<p><strong>八木：</strong>彼らは一貫して解放教育ですね。しかし縛りや訓練も悪いものばかりではない。むしろ人間を生きやすくする。美しく生きるための型というものがあり、型は小さいときに徹底的に叩き込まれたほうが良いのです。</p>

<p><strong>岡野：</strong>そうです。型を作らなければ人間は生きられない。体操でも基礎・基本がなければウルトラCはできません。画家のピカソは小さいときにデッサンを徹底的に絵職人の父親から叩き込まれた。ガウディも父親は鍛冶屋、大人になっても人間工学を深く学んでいます。ダビンチも現地で調べましたが、徹底的に写実をした人です。あの血管から血が出てきそうな肌を書き、大理石が絹に見えるような像をつくることができたのは、精神的な基礎・基本、学問的な基礎・基本が徹底して叩き込まれていたからです。</p>

<p><strong>八木：</strong>幼いときに基礎・基本を叩き込まれた方が、大人になって個性豊かに、個性を発揮して生きられるのですね。</p>

<p><strong>岡野：</strong>日本刀は熱して叩いて冷やし、また熱して叩いて磨いて仕上げる。この鍛錬の繰り返しが教育であり、個性を作り上げるのです。名刀になるよう繰り返し鍛えているのです。</p>

<p><strong>八木：</strong>叩けば光るのに今の子供たちは可愛そうに叩いてもらえないから鉄のままです。</p>

<p><strong>岡野：</strong> 教育は密度が肝心です。クラーク博士は日本に9カ月余、札幌には半年余しかいなかったのに、新渡戸稲造、内村鑑三に深い感化を及ぼした。日本の凄さは、クラーク博士のようなアメリカの農科大学の学長だった人を教頭に置き、代わりに通常の何倍もの給料を払ったことです。教育に対する情熱と、客観的にものを見る冷静な目との両方があったのです。この辺をよく押さえておかないと、日本の教育は間違うと思いますね。</p>]]></description>
            <link>http://okano.s145.coreserver.jp/article/school.html</link>
            <guid>http://okano.s145.coreserver.jp/article/school.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">article</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 31 May 2010 20:29:39 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>日本人のアイデンティティーと教育の在り方</title>
            <description><![CDATA[<p>「日本人のアイデンティティーと教育の在り方」について</p>

<p>バルセロナ日本人学校　校長　岡野俊昭（現銚子市長） スペイン バルセロナカタルーニャ自治大学講演より【通訳：鈴木重子教授】
</p>


【日本文化の源】
<p>今日の日本経済を見た時、55年前に敗戦し日本は焦土と化し、その日の食料にも困っていたことを考えると、不景気とはいえ、街には生活物資が豊富に出回っており、約50年前の生活レベルから見ると隔世の感があります。</p>
　
<p>しかしながら、私たち日本人は、あの痛ましい第二次世界大戦において、多くの国々のかけがいのない命と貴重な文化遺産を失わせたことに対して、心の底より深く反省しなければなりません。私は、二度と戦争を起こしてはならないと思っています。また、日本国憲法では戦争の放棄を謳っており、これは世界中の国で日本だけであり、私はこの平和憲法を誇りに思っています。皆さんがよくご存知のとおり、日本は広島と長崎に原爆を投下され、世界で唯一の被爆国です。そういう意味合いからしても、日本は平和を厳守し、間違っても戦争の原因をつくるようなことをしてはならないと考えます。</p>


<p>さて、今日、ここには中国と韓国の留学生や教授の方々も聴講してくれておりますので、私たちが誇りに思っている今日の日本文化が、いかに中国や韓国の影響を多く受けてきたのかを簡単にお話ししてみたいと思います。</p>
　

<p>紀元前500年頃、日本は各地に小さなムラが点在していました。紀元前300年頃、大陸から水稲耕作と金属器が伝わって、紀元1世紀後半には小国がまとまり、中国と交流を始めました。この頃の日本は100あまりの国に別れており、300年頃、古墳・鏡・玉・埴輪が作られるようになりました。400年頃には大陸文化が伝来し、漢字や儒教、そして、さまざまな進んだ知識や技術が入ってきました。538年、百済から仏像や経典が伝わり、593年には聖徳太子が推古天皇の摂政となって遣隋使を派遣し、仏教など大陸文化を積極的に取り入れました。また、645年の「大化の改新」、701年の「大宝律令」の制定など、大陸文化は日本の政治・経済・文化に多くの影響を与えました。</p>


<p>中でも、唐国の高僧であった鑑真和上が、日本に正しい仏教の戒律を授けるために5度の渡日失敗にもめげず、6度目に失明しながらも、やっと渡日を果たしたという話は有名です。和上は、日本の僧侶・医師・薬師・仏師・絵師・建築師などを育てるとともに、中国から多くの経典（儀軌）・教具・仏像・仏画を持ち込み、奈良の都に唐招提寺を建立しました。和上は、仏教の普及のみならず、今日の日本人の生き方そのものにまで多くの影響を与え続けていると私は思います。</p>

<p>漢字の普及が果たした役割は計り知れないものがあります。ご存知のように日本と中国と韓国は異なる言葉を話しますが、漢字を書けば大体の意味が理解されます。漢字には「文字」そのものに意味があるからです。中国でスポーツ交流をした時、選手達は漢字で意思の疎通を図っていました。動物園や街の案内も少し理解することができました。ただ、困ったことが少しありました。それは中国の漢字が簡体字になってしまったことです。韓国も、ハングルで書かれた場合はまったく理解できません。このようなことから、中国で生まれた漢字が国際文化交流に果たした役割はたいへん大きなものがあると実感させられます。</p>
　

<p>今でも日本で使われていることわざには中国から来たものが多くあります。また、奈良時代には「明日香村の檜隈（ひのくま）」地区の人口の90％を渡来人が占めて活躍していたそうです。彼らは、古代の日本の政治・経済・文化に大きな影響を与えてくれていました。その頃の日本の指導者は、外国からのすぐれたものを広く受け入れる寛容の精神とスケールの大きさがあったのだと思います。</p>

【日本文化の熟成】
<p>当時は、多くの留学生や僧侶が競って大陸へ渡り、勉強していたようです。
そのころの日本人は、大陸から入ってきた様々な文化を積極的に取り入れ、それを日本的なものへと昇華・発展させ、「万葉集」・「古今和歌集」・「枕草子」・「源氏物語」が書き綴られるようになってきました。「万葉集」や「古今和歌集」の編纂は男性ですが、「枕草子」は清少納言という女性ですし、世界で最初に書かれた小説である「源氏物語」の作者、紫式部も女性です。驚くことに1000年も前のことです。</p>

<p>また、女性文学者の出現の過程には、中国文字である漢字をわかりやすくするため、僧侶たちが考え出した「カタカナ」や、おんな文字として作り出された「ひらがな」の創出が大きく影響しています。「カタカナ」や「ひらがな」の出現によって、女性から子どもまで、広く文学や歴史にふれることができるようになり、それまでの貴族や僧侶のための教育が、室町時代に生まれ江戸時代に盛んになった「寺子屋」の原型のようなものができ始め、庶民にも教育のチャンスが生まれてきました。</p>
　
<p>「寺子屋」の指導者は主に庶民、武士、僧侶、医師、神官などがあたり、「読み」・「書き」・「そろばん」を中心とした世俗的な教育であったといわれています。</p>

<p>一方、貴族や武士、僧侶の間では、「能」・「茶の湯」・「生け花」が盛んになっていました。「歌舞伎」・「狂言」という世界に例のない芸術が生まれ、「絵画」・「彫刻」の世界にも日本独特のものが現れてきました。「和歌」・「短歌」・「俳句」にいたっては、外国の方々には説明することがむずかしいものがあります。ものの「あはれ」や「わび」・「さび」といったことにまでなると、日本人でも、その「こころ」を理解することは並大抵ではありません。</p>

<p>このように、日本独特の芸術や文化が長い年月を経て熟成されてきているといえます。1854年に開国を宣言するまでの日本は、250年以上も鎖国し外国と国交がなかったわけですが、皮肉にも、それが日本文化の「個性化」に重要な役割を果たしてしまうわけですから、歴史とは面白いものです。</p>

【明治の教育】

<p>わが国では、1868年1月に王政復古の宣言をして、それまで実権を握っていた徳川幕府から明治新政府へと体制の大変革を遂げました。1872年には学制を発布し、これにより、それまでの侍の子は「藩校」、庶民の子は「寺子屋」へという身分による教育システムを改めました。</p>

<p>ときの明治政府には、各藩出身の若くて優秀なリーダーが「富国強兵」の政策を唱えていました。それは当時、東南アジアの国々が欧米諸国の植民地下におかれている現状を見て、国力の高揚なくしては欧米列強の進出を防ぐことはできないという考えからでした。資源が少なく貧しかった日本を、経済的に発展させ、欧米の先進国に「追いつき」「追い越す」ことを目指して、教育を最優先させたわけです。理科や数学は特別に重要視されました。そして、先進国に多くの将来有望な人材を、視察や留学というかたちで送り出しました。明治政府は、驚くことに1871年に官費女子留学生をアメリカに派遣しています。この中には津田梅子など6・7歳の女性も数人、含まれていました。津田梅子は、その後再度アメリカ留学をし、現在の津田塾大学の前身である女子英学塾を興しています。そのことを考えると明治政府も偉かったが、それを薦める親、納得して留学する幼い女性たちは、本当に立派であったと思います。</p>

<p>また、政府は、北アメリカやヨーロッパから優れた指導者を招き、各方面での人材育成にも取り組みました。まだ貧しかった日本が、大金を投資して先進国から指導者を招聘し、今日の日本の基礎を築いた明治時代の指導者は、たいへん偉大であったと思います。</p>

<p>しかし、悲しいことに次第に国力をつけてきた日本は、より多くの資源を求め、大陸へと進出するようになり、「日清戦争」・「日露戦争」そして「太平洋戦争」と戦争への道を進んでしまいました。そして、1945年8月15日、近代日本は、歴史上初めての「敗戦」を経験しました。それでは、敗戦のショックから日本がどのようにして立ち上がってきたのかをお話ししたいと思います。</p>

【敗戦後の教育】

<p>敗戦後の日本の教育理念は、個人の能力、適性、意欲等に応じて、平等に教育の機会が保障されるべきであるという「教育の機会均等」を基本としてスタートしました。そして、わが国は、奇跡とも呼ばれるほどの「復興」・「発展」を成し遂げました。そこには、焦土と化した国土の回復と食糧難からの脱出、経済の立て直しのための産業の確立、科学技術の振興のための教育等々、並々ならぬ努力があったのですが、その一方では、「自由」・「平等」・「個性尊重」・「画一性の排除」を謳った教育を唱え、「民主主義」の確立を目指しましたが、平等化の側面ばかりが強調され、かえって「画一化」を招いてしまう結果をもたらしました。
　敗戦のショックから精神的支柱を失った日本の指導者の多くは、日本の誇るべき「伝統文化の否定」という大きな過ちを犯しました。国民の勤勉さと教育の成果として世界のＧＮＰの10％以上をも占める経済大国とはなりましたが、その反動として「学歴社会」を生み、学校不適応―非行―暴力―いじめ―自殺―わがまま等、子どもや青少年の間に多くの弊害が見られるようになってきました。</p>

<p>また、個人の経済的成功のみを追及する風潮が生まれ、若者の多くは学業や仕事に対する意欲や人間として大切な「礼節」を欠くという、日本人が本来もっていた美徳も失われつつあります。</p>

<p>そこで日本では文部科学省が中心となって、「戦前の教育の良さ」を取り戻し、「日本の伝統文化を踏まえた新しい文化の創造」を求めるべく「第3」の教育改革を推し進めているところです。新しい教育改革では家庭、学校、地域社会の役割を明確にし、「ゆとり」ある教育環境のなかで「国際性豊かなたくましい日本人の育成」を目指しています。</p>

【日本の家庭教育】
<p>次に、家庭教育の果たす役割について話したいと思います。</p>

<p>昔の日本では「躾（しつけ）」は家庭、「学業」は学校、父は「仕事」、母は「家事と育児」。そして、特に家長である父の存在が大きく、男性中心の社会でした。敗戦後は世の中の民主化によって「自由」「平等」などの考えが浸透し、経済の高度成長に伴い女性の社会進出も活発となってきました。学校や親たちの多くは経済的成功のみを追い求めて大学を選ぶという、子どもの「個性」や「生き方」を度外視した価値観をもちはじめる人が多くなりました。そのような社会の風潮が「受験戦争」を生み出すとともに、「偏差値」を過度に偏重する社会をつくってしまいました。それが子どもたちの「こころ」を蝕み、暴力、無気力、いじめ等の反社会的な行動として表出してきました。</p>

<p>子どもたちも、自分の夢や自己実現のために希望をもって学ぶという学習本来の姿を失った環境での生活を強いられるようになってしまいました。人間が本来、身につけていかなければならない精神的、肉体的、社会的な「発達課題」を獲得する環境や機会を失ってしまいました。家庭では、忙しい父母と少ない兄弟（姉妹）、祖父母との別居という家庭が多くなってきました。このような人間関係の希薄化は、愛情の充足感が得られず自己存在感の不安をもたらしました。一方、社会では、模範となる人との接触や集団の中での生活などの、「社会的生活体験」の不足を招きました。また、生活空間には、物が溢れるようになり、親にねだれば欲しい物は直ぐに手に入るようになってきました。昔は駄々をこねても親は買ってやれなかったし、買う能力の有る親でも「我慢」をさせました。「我慢」の教育や人間が生活する上で必要とされる基本的生活習慣は、親が責任をもって教育しなければならないと思います。子どもは親の行動様式をみて、それを良かれとして成長するのですから、親の責任は重大です。犬でさえ、小さいときの躾を誤ると凶暴になり、人に噛みついたり喧嘩したりします。そこで、子犬のときに調教が行われるわけです。良くできたら誉めてやり、悪かったら叱り、愛情をかけてやります。そうすると人に愛される役にたつ犬になります。幼児期の教育という観点からすると、動物も人間もあまり変わりありません。しかし、人間には「読み」・「書き」・「計算」と「創造的物作り」・「芸術活動」・「哲学」等、他の動物たちには真似のできない高度な文化的能力があり、学ぶことがたくさんありますから、「幼児教育」や人間として生きて行く上で必要とされる基礎的、基本的なことがらを「家庭教育」・「学校教育」・「社会教育」の柱とするのは、至極当然のことです。型にはめる教育は一方的にダメだという人がいますが、「正しい型」にはめ、基礎・基本を確立させることはたいせつなことです。基礎工事をしっかりさせ、「土台」を築き、強くて長持ちする「骨組み」がなければ、美しい高層建築は成り立たないことはいうまでもありません。正しい型ができて初めて「創造性」や「可能性」が生まれてくるのだと思います。</p>

<p>それは、この国スペインの誇るピカソの例を見れば証明されます。ご存知のように、ピカソの父親は画家であり、デッサンの先生でした。彼は息子の能力を認識しながら、画家としての基礎的なものを確実に習得できるようにしたといわれています。どのくらいのレベルであったかを、バルセロナに住んでいる皆様方にお話するのは失礼かと存じますが、ピカソが5歳から9歳のころの鳩のスケッチや16歳のとき描いた「科学と慈愛」を見れば明らかです。驚くことに16歳にして一流画家と肩を並べる基礎技術を身につけていました。少年期のピカソは、父親から職人のように基礎技術を学ばされたようです。いきなり「青の時代」や「キュウビズム」が訪れたわけではなかったわけです。</p>

<p>ピカソほどの天才にしてそうですから、私たち凡人には、なおさら人間として生きていく上で大切な「基礎・基本」の教育はなくてはならないものであります。</p>

【教育のタイミングと目的】
<p>これは、教育の「タイミングとその目的」が、いかに大切かを物語っています。</p>

<p>このことを「刷り込み現象」として研究発表し、ノーベル賞を受賞した人がコンラート・ローレンツ博士です。この「刷り込み現象」とは、卵から孵ったばかりの雛鳥は、最初にみたものを親と思ってしまうという現象のことで、玩具の鳥をみた雛鳥は、玩具を親と思い込み、そのあとをずっと追いかけてしまうという不思議な行動を、科学的に証明したものです。</p>

<p>ローレンツ博士は、自分の姿をガンの雛鳥にみせて実験したため、ガンが巣立ちするまで親鳥として池に入って一緒に泳いだり、空を飛ぶ訓練をしたり、たいへんな苦労をなさったそうです。これは、人間であれば幼児期の教育の大切さに置き換えることができます。教育のタイミングを間違えると、たいへんなことになるということです。</p>

<p>教育のタイミングを逸した最も有名な例は、1920年にインドで発見された、「狼に育てられた子、カマラとアマラ」の例です。生まれてまもなく狼にさらわれ、母狼と一緒に7年間も洞穴の中で過ごし、8歳のときにシング牧師によって人間の世界に引きもどされました。7年間も狼と生活をしてきたため、8歳とはいえ、人間としての行動はまったく見られず、昼は壁に向かってうずくまり、夜は戸外を四足で這い回り、腐肉を好んで食べたということです。膝立ちして、物を自由につかむまで1年10ヶ月、一人で支えなしで立てるまでに2年8ヶ月、イエス、ノーを表すのに3年2ヶ月を要しました。さらに、恥じらいを示すのに6年2ヶ月、簡単な言葉を理解しながら、自由に話せるまでに9年の歳月を要しました。カマラは17歳で亡くなったのですが、彼女の獲得した言語と運動能力は2・3歳の幼児程度であったといわれています。</p>

<p>これは成長の法則にあるように、生後の5ヶ年間の生活環境の影響は、その後の全生涯に影響するものであるということを教えてくれました。教育のタイミングが如何に重要であるかを物語るものです。カマラとアマラの話は、幼児期の父母との正しいふれあいが、いかに大切であるかを私たちに示してくれていると思っています。つまり、人間としての教育を受けて、初めて人間になれるということです。</p>

【戦後復興の理由】

<p>敗戦後の日本が、大きな経済力を獲得できた理由に、「勤勉」さと「徳性」の高さがあげられます。</p>

<p>私たちが幼かったころには、日本各地の学校や教育施設に「二宮金次郎」という人の銅像が建てられていました。二宮金次郎は、苦学の末、没落した一家を再興し、その後、各地の復興に尽力した偉大な人物です。当時、彼の実践した「節約」・「勤勉」・「好学」を模範とした教育が奨励されました。私も子どものころ、薪を背負いながら読書している彼の銅像を「偉い人がいるものだなあ。」と、尊敬の目で見ていたことを覚えています。</p>

<p>このように、昔の日本には、生き方の指針となるべき教育施策に一貫性がありました。生きていく上での目的が、はっきりしていました。それが、今日まで連綿として受け継がれて、現在の経済発展へとつながったのだと思います。これは、「軍国主義」や「戦争」という事実を除けば、戦前の教育の素晴らしさの表れだと思っています。</p>

<p>また、「日本人は『礼儀正しく』、『組織力があり』、大災害の時には互いに『助け合い』、略奪や暴動を起こさないのはなぜか。日本人の多くは特定の宗教をもっていないというが、どのように『国民の教育』をしたのか。『道徳』はどのように教えているのか。」という質問をよくされるので、ここで私なりの考えをお話いたします。</p>

<p>西洋文化圏で生活する人間から見ると、日本人は宗教をもたない不思議な民族に見えるようですが、日本には、昔から大自然を敬うという習慣がありました。それは、太陽神であったり、火の神、水の神、山の神、森の神等、さまざまな「自然（もの）」に対してでした。</p>

<p>今でも、家を新築すれば神棚を作り、神に敬虔な祈りを奉げます。また、人が誕生すれば産土神へお参りしたり、農作物が収穫されると自然の神に感謝の念を表したりします。</p>

<p>6世紀中ごろ日本に入ってきた「仏教」は、貴族や僧侶、武士から庶民の中に自然と広がっていきました。</p>

【日本人の躾や道徳】

<p>一方、近世になって、武士の社会には侍としての行き方「武士道」という厳しい「規律」や「名誉」を重んじる「恥の文化」や、家族の生き方を示す「家訓」などが生まれました。侍は、戦（いくさ）の前に「短歌」を残し、潔く戦地に赴きました。そして、死に臨んでも慌てず、恥ずかしい振る舞いをしなかったといいます。武士は、死んだ後の自分の姿までを想定し、日々、鍛錬し続けていました。</p>

<p>このように、日本人は祖先や自然を敬い、礼儀正しく、勤勉でわきまえのある民族であったと思います。そして、これらのことが渾然一体となり、今日の日本人の「アイデンティティー」を形成してきているのだと考えます。ですから、日本人の「躾（しつけ）」や「道徳」というようなことは、誰かが作り出したものではなく、社会から自然と滲じみ出て定まったものではないかと思っています。</p>
　
【日本人のアイデンティティー】

<p>私は、厳密にいうと日本人は無宗教ではないと考えています。なぜならば、宗教とは人間を超えた聖なるものの存在と意志を信じ、それによって人間生活の悩みを解決し、安心、幸福を得ようとする教えの総称......とあります。日本人は、人間を超えたところの大自然の神を崇拝し、自然と一体となった幸福を望んできました。この宇宙の中にある、小さな地球の万物との一体感、祖先への感謝の心のよりどころとしている日本人を、皆様方ヨーロッパで生活する人にわかりやすく説明するためには、日本人には、古来からの「神道」と「仏教」、そして「儒教」や「武士道」等といったものが融合した、いわば「日本教」といったものがあるといった方がいいかもしれません。このような環境の中で私たち日本人のアイデンティティーが確立されてきました。私は、日本の伝統文化や、日本人であることに誇りと自信をもっています。</p>

【教育の在り方】
<p>それでは、私はバルセロナ日本人学校の校長ですので、教育について少しお話をさせていただきます。</p>

<p>先ほど教育のタイミングについてお話させていただきましたが、そのなかで「人間としての教育を受けて、初めて人間になれる。」といいました。日本には「教えなければ禽獣に近し」といって、人間としての教育が無ければ動物に近いとか、「三つ子の魂百までも」ということばがあるように、幼児教育の重要性や母と子の人間的ふれあい、家族の愛情が人としての原点となることを教えています。</p>

<p>また、学校は学習環境を整え、「徳育」・「体育」・「知育」をバランス良く身につけさせ、子どもたちの「人格の形成」をめざしていかなければなりません。経済的な成功をある程度達成した今、人間が人間らしく生きていくために最も重要な「人と人との信頼関係」をたいせつにした教育を行い、「模倣」の世界から日本独自の新たな「創造」の世界を目指した新しい教育を実践していきたいと考えています。</p>
 ]]></description>
            <link>http://okano.s145.coreserver.jp/article/identity.html</link>
            <guid>http://okano.s145.coreserver.jp/article/identity.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">article</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 31 May 2010 20:19:51 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>風土と日本人</title>
            <description><![CDATA[<p>平成２１年１１月岡野俊昭</p>

<p>「人間の行動は風土に規定される」という。日本人は太古より四季の変化に逆らうことなく、自然との一体の生活をし、地域集団を構成する人々が協力し、助け合いながら生活を維持、発展させてきました。</p>

<p>また、自然界に存在する全てに神が存在し、そこから得られる恵みに感謝し、大自然の偉大さに畏敬の念を持って接してきました。それは、私たちの祖先が大自然との一体感により、連綿として築き上げてきた歴史と文化なのであります。自然の美しさ、厳しさ、何気なく恩恵を受けているところの空気、水、食料などの全てが私たち「日本の総体」を育んできてくれました。人々は大自然に存在する、ありとあらゆるものに神が宿ると信じ「八百万の神」として畏敬の念を抱き感謝してきました。</p>

<p>アジア大陸の東端の、さらなる海を隔てた太平洋に列島として存在する日本は、四季の変化が明確にある美しい国土をもつ、海洋国家であり、山岳国家でもあります。国土の多くは山岳と山林で覆われ、河川は清らかであるが急流が多く、農耕に適した土地は少なく、地下資源にも恵まれてはいませんでした。そのため、少ない資源を生かす工夫や物を大切にする生活をして、絶えず道具に改良を加えることをしてきました。</p>

<p>日本は、大陸の先進文化を取捨選択しながら積極的に取り入れ、それを日本の繁栄に結びつけて行きました。それは、変化への対応の早さ、勤勉さがもたらしたものでした。</p>
 ]]></description>
            <link>http://okano.s145.coreserver.jp/article/climate.html</link>
            <guid>http://okano.s145.coreserver.jp/article/climate.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">article</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 31 May 2010 20:15:23 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>歩くことは人生を豊かにすること</title>
            <description><![CDATA[歩くことは人生を豊かにすること
平成２２年３月　岡野　俊昭

<p>「歩くことは人間にとって最良の薬である」　ヒポクラテス
　　現代人は歩くことの大切さを忘れている。古代ギリシャの哲学者、芸術家、学者は歩くことにより思索を深め、肉体を強め、脳を活性化してきた。自然とのふれあいや多くの人々との対話から「人間は如何に生きるべきか」という人生哲学や科学的法則そして美しい詩や彫刻が生まれた。</p>

<p>私たち人間が、文化的な生活ができているのは、大自然の摂理がもたらしてくれた恵みがあるからである。
私たち日本の祖先が太古から連綿と努力し、自然への感謝と一体感を持ち続けてきたから、今日の安定した生活がある。このことを忘れ、奢侈、飽食、我が儘な生活をして、この世に生かされているという感謝や謙虚さを忘れている。また、今日の文化的生活を維持するに必要な情報を得るには、努力と、その確認作業が不可欠だが、それを安易な考えから放棄することを選び、目の前のテレビによる大衆迎合的な、スポンサーにおもねるような低レベルの番組から情報を得て、それを信用し「自ら考え、判断をし、責任ある行動をとる」という、成熟した大人が持つべき最低限の義務を怠っていることに気づくことのできない国民に成り下がってしまっている。</p>

<p>高齢化社会となり、マスコミ報道では、やたらと老化防止のための番組や記事が増えている。「健康は心身のバランスにあり」だが、身近な用事にも、やたらと車を利用する。健康と言えば薬に頼り運動や歩くことも少なくなってきた。運動の法則で、「筋肉は使えば維持され発達もするが、使わなければ衰える」。「肉体の自立は精神の自立につながる」。「精神の自立には学問により得られし哲学と、鍛錬による不動の心が欠かせない」。</p>

<p>いま日本の教育では日教組を中心として、国民としての義務である愛国心や国家への忠誠を軍国主義、全体主義につながる押し付け強制だとして否定している。また、人間としての生き方の手本としての道徳的価値観を否定している。
今こそ、教育を変えて、日本国家のあるべき姿と、日本国民としての義務、忠誠のあり方を示すときである。</p>
 ]]></description>
            <link>http://okano.s145.coreserver.jp/article/walk.html</link>
            <guid>http://okano.s145.coreserver.jp/article/walk.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">article</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 31 May 2010 20:13:46 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>人に与えられた使命</title>
            <description><![CDATA[<div class="""headname">2004.7.20 岡野　俊昭</div>

<h3>人に与えられた使命</h3>

<p>人類は霊長類の頂点に立つべく神より使命感を与えられている。その、遺伝子に記された使命を果たすために環境に適応してきた。</p>

<h3>哲学と影響力</h3>

<p>　価値ある人生観、世界観そして理念は、希有なる経験の存続と積み重ねの上に築かれるものである。</p>

<h3>日本人の心の拠り所</h3>

<p>日本人は太古から自然を崇拝し崇め奉ってきた。「神道」は創始者や教典もないが、人々にめぐみと大自然の法則を与えてくれる「神」に感謝するという我が国固有の宗教として定着してきた。
　その後、政治の変換による流れから、大陸の哲学である仏教（神仏習合）儒教（神儒一致思想）の影響を受け今日に至っている。</p>

<p>　日本人が古来から持っていた自然崇拝の思想に仏教の「宇宙観」「自然観」「人間観」、儒教の「人間のあり方」、武士道の「身分に伴う義務」が総合されて日本人の思想体系が作られてきた。</p>

<p>　良いものは素直に受け入れるという「寛容の精神」「共生の精神」が日本人の精神構造の源である。</p>

<p>　今、世界は原理主義者同士の主義主張によるテロと大国の国家利益中心思想のエゴイズムがぶつかり合い、紛争と戦争が続いている。それを解決に結びつけるには違いを認め合う「寛容の精神」「共生の精神」を持つ思想が必要となるであろう。「神道」「仏教」「儒教」の持つ素晴らしさを合わせ持つ日本人の思想が21世紀の世界をリードする時に真の世界平和が訪れると思っている。</p>


 ]]></description>
            <link>http://okano.s145.coreserver.jp/article/mission.html</link>
            <guid>http://okano.s145.coreserver.jp/article/mission.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">article</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 31 May 2010 20:09:53 +0900</pubDate>
        </item>
        
    </channel>
</rss>


