教育者岡野としあきの理念
現状の日本の教育の問題点
現代の日本は教育に関して多くの問題を抱えています。
たとえば「いじめ」の問題です。「いじめ」が多発するようになったのは、子どもに対して自然や命に対する教育を軽視したわけではないのでしょうが、社会全体が功利主義に走り経済を優先するあまり、子どもの心の教育をなおざりにしてしまった影響もあるように感じています。また社会全体が功利主義に走ることによって、結果として学歴社会を生み、学校不適応、非行、暴力、いじめ、自殺、わがまま等、子どもや青少年の間に多くの弊害が見られるようになってきました。また、個人の経済的成功のみを追及する風潮が生まれ、若者の多くは学業や仕事に対する意欲や人間として大切な「礼節」を欠くという、日本人が本来もっていた美徳も失われつつあります。
さらに、現代の子供は「人としてどう生きるのか」という問いに答えられる者は少数であり、しっかりとした「夢」と「目的意識」を明確に持った、向学心あふれる生徒はごく少数なのであります。
それらも全国的な社会問題となっているのです。 これらの問題の背景には、幼児期からの発達課題の達成に問題があることに気がつきます。幼児期の「甘やかし」から来る「しつけ」や「がまん」の体得不足、家庭崩壊など、親の身勝手な行動による『愛情不足』も原因となっていることが多いのです。つまり、子供の成長には「愛情と躾と我慢」というバランスの良い味付けが欠かせないということであります。「夢を語れない」という生徒たちの要因は様々あります。
日本人は敗戦後の焦土化された国土復興のために遮二無に働き、世界の奇跡といわれる経済復興を見事に成し遂げました。しかし残念なことに日本が誇る伝統的、文化的価値を若者に教育することを疎かにしてしまったのです。以上の事柄を見ますと、日本の教育の問題点が浮き彫りになってきます。
それは、アメリカの言いなりに、「子ども中心主義」の教育を戦後行なってきたことです。長い日本の歴史の中で最も子どもを大切にしてきたのが"戦後"の日本教育です。この結果、今、子どもたちはどうでしょう?残忍な子どもが多く育つ。お年寄りを大事にしない子どもが育つ。近所の人たちを尊敬しない子どもが育つ。そして、少年少女が信じられない悲惨な事件事故を巻き起こす時代になってしまいました。また、悲しいことに一度事件が起こりますと、攻撃した側の生徒や親を庇(かば)う反面、被害者をさらけ出すという異常な事態が起こっています。正しい教育のあり方
正しい教育には少なくとも三つのポイントがあると考えております。
それは、「愛国心を育むこと」、「耐え忍ぶ経験を少年期にさせること」、「江戸・明治の教育に学ぶこと」の三点です。まず「愛国心を育むこと」に関しましては、「自国への愛」というものは誰でも持っていると考えています。
最初に「家族愛」、そして「隣人への愛」、「地域への愛」があり、それが「自国への愛」に発展していくものと思います。「国を愛する心」は強制であってはいけません。「国を愛する心」を育てるということは、「家族愛」から「自国への愛」に発展していく過程を、子どもにしみ通らせる、浸透させる、私はそういう意味だと思っています。次に「耐え忍ぶ経験を少年期にさせること」ですが、これに関しましてはノーベル賞も受賞されたコンラート・ローレンツ博士が、少年期に肉体的・精神的苦痛を経験していないとエリートになれないし、良い生活はできないと言っています。
たとえば、いま日本は先進国で1番エイズが広がっています。それをコンドームの活用で防ごうとしているが、私はそれではダメだと思います。もっと根本のところを教えないといけません。私が校長をしていた時、学校へは未成年者の茶髪・ルーズソックスでは立ち入り禁止にしました。ここは学問の場である、教育を邪魔する人は排除します、と看板に書きました。それを暴走族に捨てられたら、さらに大きな看板を作りました。2度目も捨てられてもっと大きなものを作ったら、それで彼らも諦めました。親から援助を受けている人、自立していない人は髪を染めてもいけません。親は茶髪でも白髪を染めようと構わないが、自立して生活できるまでは、子供は髪を染めるな、化粧はするな、と教えるべきです。私も教員時代に色々批判をされてもこれを実行したところ、じつに良い子供が育ちました。最後に、日本人は正しい教育を取り戻すため、今こそ江戸、明治の教育に学ぶときではないでしょうか。
江戸時代の日本人は子供たちが一人前の人間としての知恵を身につけるには、自分の家族と地域が「しきたり」「おきて」といったものを伝統として教え、地域社会の構成員として認められるために必要な能力を、様々な通過儀礼を経ることで学ばせてきました。「ますらお」ぶり「たおやめ」ぶりや、社会の一員として「なすべきこと」「なさなければならぬこと」そして「なしていけないこと」「ならぬものはならないこと」といったことを身につけてさせてきました。また、読み、書き、そろばん、といった人間として生きるために必要な基礎、基本を寺子屋で学んできました。このようにして江戸時代の日本人は世界最高レベルの識字率を獲得していたのです。









