壊れた学校が再生した!
対談:岡野俊昭)&八木秀次
教育が人をつくる、人を変える
岡野:忘れられない体験ですが、1972年に田中角栄首相が日中国交回復をした数年後、私も中国に行って、「かつて大きな文化交流があり、孔孟の思想や仏教思想などを日本にいただいて感謝している。しかし両国には戦争という悲しい歴史があった。一般民衆も巻き込んでしまったことにはお詫びしたい」と話したことがあります。中国側は大いに納得しました。なかには「日本があったから今の中国がある。謝る必要はない」と言う人もいた。どこへ行っても歓迎、歓迎。じつに親切な中国だった。しかし、今の中国の状況は抗日教育が徹底したため、反日の感情が非常に強い。教育が変わると、こうも人が変わるのかと、私は目の当たりにしています。
八木:なるほど、それは教育というより観念ですね。昔の中国人の世代は実体験から分かっていますが、今の反日感情は観念で作られている。
岡野:中国共産党も日本の影響でつくられたことを昔の世代はよく知っています。亡命者を匿うような懐の広いところも日本人にはあった。今の中国は民衆に本当のところを教えず、日本の悪いところばかりを宣伝して教育している。だから、スポーツ交流などで中国の人が来日すると「日本人はみんないい人ばかりだ」と驚くことになる。
八木:教育は人を変えてしまうのですね。
岡野:江戸時代の日本では、寺子屋に入れてもらうまでに人様に恥ずかしくないよう、皆に迷惑をかけないよう礼儀の基礎を子供に教えこみ、その上で寺子屋に行かせて素読などを教えた。だから町人でも農民でも、外国人が驚くほどの教育水準だったのです。
八木:今は人としての基礎・基本を身につけさせず、まるで鍛えないで子供を学校に入れる。だから子供は1時間と机に座っていられない。昔ならば世間に申し訳が立たない、恥ずかしいという意識があったが、今は自分の周りの半径数m位しか関心がない。広い世界で生きる方が人生は豊かになります。親の側ももっと自覚しなければいけませんね。
崩壊した学校をどう立て直すか
岡野:しかも、今の親や子供は、「生かされている」という意識をもっていない。援助交際の問題にしても、身体は自分のものだと今は教えているが、身体は自分のものじゃないから勝手に扱ってはいけないと教えるべきです。自分の身体は親が作ったのでもなく、誰が作ったものでもない。自然の摂理が創ったものなのですから。
八木:人の身体は自然からの預かり物なのですね。
岡野:いま日本は先進国で1番エイズが広がっています。それをコンドームの活用で防ごうとしているが、私はそれではダメだと思う。もっと根本のところを教えないといけない。私が校長をしていた時、学校へは未成年者の茶髪・ルーズソックスでは立ち入り禁止。ここは学問の場である、教育を邪魔する人は排除します、と看板に書いた。それを暴走族に捨てられたら、さらに大きな看板を作った。2度目も捨てられてもっと大きなものを作ったら、それで彼らも諦めた(笑)。親から援助を受けている人、自立していない人は髪を染めてもいけない。親は茶髪でも白髪を染めようと構わないが、自立して生活できるまでは、子供は髪を染めるな、化粧はするな、と。これにより学校が一気に修復し、関係の方々から賛同を得ました。他にも、たとえば中学校長をやった10年間、私はBGMとしてクラシックを学校に流しました。教員の間にも最初は抵抗がありましたが、生徒が一流の音楽を聴き、落ち着きと自信を持ち、最後は「良かった」ということになりました。
八木:BGMにクラッシックを流す学校はまずないでしょうね。
岡野:かつて私が校長をしたバルセロナの日本人学校では、国旗を揚げるポールがなかった。そこで日本国旗とスペイン国旗とカタルーニャ自治州の旗の3つを掲げたら、街の人は「今度来た校長は違うぞ」「俺たちのことを大事にしてくれた」ということで非常に協力してくれた。また、日本人学校で「教師としての使命とは何ですか」と聞いても教師たちは答えられない。私は、教育とは「大人になって困らないようにすることが教育基本だ。難しいことではない。まず聞き上手になり、読み書きそろばんを教えなさい。聞き上手で心を作り、そして学問の基礎基本を徹底することが大事だ」と言いました。将来は管理職に絶対ならないといっていた先生が今みんな管理職になり、国旗・国歌のセレモニーを大事にしています。海外での教育の経験から、国家や秩序の重要性に気づいたのです。
今の教育に欠落しているもの
岡野:戦後教育の最大の失敗は、鍛えることを拒否したことです。鍛えなければ真っ当な人間になれません。イギリスのパブリックスクールではエリートを作るのに、雨が降ったり雪が降ったりすれば上半身裸でランニングやサッカーをさせる。私も教員時代に色々批判をされてもこれを実行したところ、じつに良い子供が育った。コンラート・ローレンツ博士は、少年期に肉体的・精神的苦痛を経験していないとエリートになれないし、良い生活はできないと言っています。リーダーとは自分の地位にふさわしい責任を負うものです。フォークランド紛争のとき、イギリスの皇太子は前線に立っていましたし、アルゼンチン軍とイギリス軍の軍艦の間をヘリコプターでホバーリングするなど、危険を顧みない行為は自軍の士気を高めました。また、イギリスのパブリックスクールに飾られている英雄の肖像を見れば、イギリス貴族が戦争で真っ先に亡くなっていることがよくわかります。リーダーとしての責務をきちんと果たしているんですね。
八木:しかし、日教組はリーダーを廃し、エリートを潰すような徹底した平等教育をやった。強制はいけない、鍛えてはいけないと。その結果、リーダーが不在となり、ここに日本の不幸があります。 岡野:また一方で、男女の別なく「さん」付けで呼んだり、男女混合名簿の導入など、行き過ぎたジェンダー・フリーが教育界を覆っている。こうした点も私の学校では一切やめさせました。フランス語には男性名詞・女性名詞があり、これを混同してはフランス語が成立しないと説明したら、導入派の人たちは黙ってしまいました。
八木:ジェンダー・フリーなる言葉は、東京女性財団というところが作った和製英語です。
岡野:今の学校では、スカートを履いた女の子がとび蹴りして、男の子が怪我をするなど、一昔前の女の子では考えられないことがよくある。これでは男女間の思慕の念などわきようがない。また、下着を見せながら胡坐をかく女の子も出てきた。恥じらいや貞操観が失われつつあるのではないかと懸念しています。自己の権利だから、自分の身体だからといって自由勝手な行動をして、中学生や高校生が出産しても子供を育てることはできない。ジェンダー・フリーを推進し、自己決定を助長している人たちは、本当に責任がとれると思っているのでしょうか。
基礎・基本を叩き込むこと
八木:彼らは一貫して解放教育ですね。しかし縛りや訓練も悪いものばかりではない。むしろ人間を生きやすくする。美しく生きるための型というものがあり、型は小さいときに徹底的に叩き込まれたほうが良いのです。
岡野:そうです。型を作らなければ人間は生きられない。体操でも基礎・基本がなければウルトラCはできません。画家のピカソは小さいときにデッサンを徹底的に絵職人の父親から叩き込まれた。ガウディも父親は鍛冶屋、大人になっても人間工学を深く学んでいます。ダビンチも現地で調べましたが、徹底的に写実をした人です。あの血管から血が出てきそうな肌を書き、大理石が絹に見えるような像をつくることができたのは、精神的な基礎・基本、学問的な基礎・基本が徹底して叩き込まれていたからです。
八木:幼いときに基礎・基本を叩き込まれた方が、大人になって個性豊かに、個性を発揮して生きられるのですね。
岡野:日本刀は熱して叩いて冷やし、また熱して叩いて磨いて仕上げる。この鍛錬の繰り返しが教育であり、個性を作り上げるのです。名刀になるよう繰り返し鍛えているのです。
八木:叩けば光るのに今の子供たちは可愛そうに叩いてもらえないから鉄のままです。
岡野: 教育は密度が肝心です。クラーク博士は日本に9カ月余、札幌には半年余しかいなかったのに、新渡戸稲造、内村鑑三に深い感化を及ぼした。日本の凄さは、クラーク博士のようなアメリカの農科大学の学長だった人を教頭に置き、代わりに通常の何倍もの給料を払ったことです。教育に対する情熱と、客観的にものを見る冷静な目との両方があったのです。この辺をよく押さえておかないと、日本の教育は間違うと思いますね。









