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日本の国柄と国民の義務/国民の意識と外交と戦争

平成22年1月 岡野俊昭

第二次世界大戦の原因は軍部と官僚の暴走と政治家の無見識にありといわれているが、戦争へと進む日本の世論の動きと流れをみると、戦後の知識人といわれる者の多数が、軍部の暴走とばかり指摘するが、当時の厳しい言論統制下にあっても、欧米の戦力や経済力、地下資源の豊富さといったものの情報に詳しい「新聞」が、当時の国民に正しい情報を的確に伝えることができたなら、どんなに「軍部」が煽っても当時の国民は戦争に突入することにためらいを感じ、熱狂することにはならなかったのではないかと思われます。

外交政策をとっても、戦前の国際情勢の中での日本の立場を正確にとらえ巧みに外交することが出来なかった日本は、外国からは異端国とされ、国内では軍部や新聞の扇動による民衆の力に押し切られて、戦力、経済力、資源に圧倒的に劣勢である日本が、世界を相手に戦争をするということになってしまいました。この流れは、軍部とポピュリズムによるものではなかったのかとも思われます。

しかも、世界を相手に戦うために必要な「国家体制」が出来てはいませんでした。それは、「神国日本」という精神論で打ち勝てるようなものではなかったのであります。しかしながら、天皇制によって維持されてきた我が国が、存亡の危機となり、後へと引けない状態になったからには、国民の総力を挙げて戦う以外に道はなかったのです。祖国防衛と家族や友人、恋人を護り、輝かしい日本の将来を信じて、自らの命を犠牲にしていった多くの兵士の方々の心中を察すれば、世界の秩序と平和を願いながら散華されたことは感謝を持って語り継がなければなりません。今日の日本の存在と繁栄は尊い犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならないのです。

戦争は無いほうがよいに決まっています。それは、地球環境からみても人類にとっても、あってはならない最も罪深い行為であるからであります。しかしながら国家が存亡の危機となりやむにやまれぬ状態となったときには、国民こぞって潔く戦うのは至極当然の義務であります。それに疑問視するのは世界広し、といえども日本以外にはありえません。

大東亜戦争を、大本営参謀を務めた、元伊藤忠の会長であった瀬島龍三氏によると「侵略戦争なら計画戦争であり、勝つか負けるかの見通しがつく。勝つ見込みがないなら仕掛けない。しかし大東亜戦争はそのままじっとしていれば国が滅びる淵に立たされた。いうなれば、窮鼠猫をかむ戦争だった」。そういうふうに持って行かれたのは、外交上の失敗だった、というのが、瀬島分析だ(フジテレビ出版瀬島龍三日本の証言より)

マッカーサーの米上院証言、「日本はおおむね自衛のための戦争」であった。を、もう一度、考える必要があるのではないか。

        

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